女の決断は、重くて儚い。-島本理生『Red』読了メモ & 映画化に寄せて
島本理生という作家の作品を手に取ったのは『ナラタージュ』が最初でした。
美しくも切ない、先生と生徒の踏み込んだ愛を描いたその作品は、今でも島本理生先生の代表作であり、「なにかオススメの恋愛小説ない?」と言われれば、私も一番にタイトルを上げる作品でもあります。
島本理生先生が、初めて描いた官能小説『Red』。
初出は2013~2014年の「読売プレミアム」内連載。その後、中央公論新社から2014年刊行、第21回島清恋愛文学賞受賞作です。
そんな『Red』が、三島有紀子監督のもと2020年2月21日に全国ロードショーされます。私自身、文庫化に合わせて2017年に1度読んでいるのですが、良い機会だと思って再読した次第。映画化に寄せての個人的意見も含め、読了メモにしておこうと思います。
以下、ネタバレ+官能要素あります。
1.あらすじと、決断の重さ、そして儚さ
『Red』に出てくる登場人物は、特に際だったキャラ設定はありません。主人公の塔子は2歳の娘、翠を持つ母であり、元バリキャリで現専業主婦。特筆すべきは「翠を妊娠してから現在までの3年ほどがセックスレスである」ということ程度でしょうか。
塔子が友人の結婚式に出席した際、塔子が大学時代にアルバイトをしていた会社の社長、鞍田と再会し、あっという間に深い関係にまで堕ちていきます。
塔子は、かつて鞍田と愛人関係にありました。しばらく愛人関係を続けていたものの、鞍田が離婚を考えなかったために、塔子は未練を残しながらも愛人関係に終止符を打っていたのでした。
鞍田は、夫との家庭関係がうまくいっていない塔子を見抜き、うちで働かないかとオファーを出します。最初は非正規の社員として。のちに正社員にまで昇格しますが、その間に、会社の「仕事は出来るが手癖も悪い」と評判の小鷹とも堕ちていきます。
鞍田との関係も続きます。クリスマスの夜に塔子に会いに来た鞍田は「自分なら塔子の全く違う生き方を教えられる」と告げ、それに対して塔子は「じゃあ愛してますか?」と問います。鞍田は沈黙してしまいます。愛がわからない。そう言って。
その後も、塔子と鞍田、小鷹、夫といった登場人物たちが、愛の形を追い求めながら生きていきます。作中、何度も塔子が決断を迫られるシーンがあるのですが、悩んで悩んで決断をしたとしてもその後すぐにひっくり返ったり、日常が幸せと言っていたのに、非日常のようなワクワク感を求めていたりと、女性ならば頷いてしまうような描写が多かったですね。結局、女の決断なんて、とっても重くて、とっても儚いものなのです。結局、女は愛に飢えているのです。
学生~20代といった、爽やかな女性像を多く描いてきた島本作品において、非常にチャレンジに溢れた作品だったと思います。
2.直視できない、でもしてしまう描写の美しさ
昼ドラ系、というには軽すぎる気がするのですが、『Red』はやはりドロドロとした恋愛作品です。女の醜い感情や男の稚拙さ、目を向けられないような描写がたくさん出てきますし、官能小説でもありますから、性描写もこれでもかというほど出てきます。
ですが、島本作品のニクいところは、そういった「目を背けたくなるような描写」を直視せざるを得ないように枠で囲っているところにあると思います。たとえば性描写であれば、その描写以外の、―たとえば外で雨が降っていたこととか―、そういう描写は一切ないんです。嫌でも私達読者は、その描写に目を向けなければいけないし、それ以外に意識が逸れないよう、島本理生という文章に目を固定されている。
読者として、ここまで苦しく、そして甘美なことはないと思います。読んでいる自分の意思に反して、筆者の文体に釘付けにならざるを得ないのですから。
島本先生の作品は、元々目を釘付けにされる文体が多いように感じます。読み始めれば、一気に読み終えてしまえるような、引き込まれる文章が多いのです。『Red』も同じです。一気に引き込まれる。ただし、そこには息苦しさがつきまといます。大きな枠でとらえて”小説”が好きな人には、この作品はオススメできるかもしれませんが、上記した「なにかオススメの恋愛小説ない?」で差し出すには、あまりに酷な小説だと思いました。ああ、これが小説の劇薬ってやつなのかなと。
3.映画化に寄せて
映画化すると聞いた時、「主演が誰になろうと、これは賛否両論になる」と思いました。塔子のイメージはあまり既存の女優さんに当てはまる人はいなかったし、むしろ濡れ場とかどうするんだろう…ってそっちの心配をめちゃくちゃしました。
結果、キャストが発表になったとき、私個人としてはとても納得がいきました。夏帆さん。ああ、ピッタリだ。そう思いました。日常を大切に生きていて、それでもその生活に納得がいかない、やさしい専業主婦。夏帆さんの瞳の奥に、塔子の熱い思いが見られるのかが楽しみでなりません。
そのほかのキャスト陣も豪華。鞍田には妻夫木聡さん、夫に間宮祥太朗さん、小鷹に柄本佑さん。監督が三島有紀子さんであることに、一番の期待を寄せているのかも知れません。この作品は、必ずしも男性に描けるものではないと思っていたからです。
唯一といってもいい懸念点は、結末が原作と大きく異なる、とあらかじめ発表されているということ。2020年2月20日掲載の東洋経済オンラインにて、コラムニストの河崎さんの記事が上がっています。
「原作が2014年の作品であったことを考えると、この映画の結末はとても2020年的であると言えるかもしれない。」そう感想を告げると、三島は「いまの時代に投げるならこの姿だろうな、というのは明確にありました」とうなずいた。「自分を殺していた人生から、塔子が初めて自分を生き始めた瞬間です。よかった、やっと彼女は生き始めたなと私は思うんですよね」。
ラストシーンが原作と違う。それは原作ファンにとって不安と、少しの希望になります。「もしかしたらこのラストは、映画では救われているのかもしれない」。そういう希望を、少しでも持てるような三島監督のこのコメントに、原作ファンとして期待を抱かずにはいられません。
4.まとめ
『Red』は、すごい作品です。女の力強さや、脆さを再認識させると共に、文体として私達を釘付けにしてしまう。目を背けたくても背けられない。不思議な力を持っていると思います。
映画化が、どうか成功しますように。映画嫌いな私ですが、これは劇場へ見に行こうと思います。
※この記事は2020年2月20日にはてなダイアリーにて先行発信しています。