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媚びる女談義。

K. M.の心の中の天使:
「なあ、男に媚びる女って好きか」

K. M.の心の中の天使:
「突然だな。夏の日差しが昔の記憶でも呼び起こしたか」

天使:
「そんなところさ」

大天使:
「ふふふ。嬉しいぞ、久々の談義形式! 他人の悪口を言うか、自分の欠点を開き直るか、このどちらかをやるときしか談義をやらないお前だから! 実にお前らしい腐った文章が読めると思うと嬉しくて仕方ないッ」

天使:
「設定上、俺はお前で、お前は俺でもあるんだがな……。で、どうよ? 男に媚びる女は好きか」

大天使:
「そうだな……俺に媚びてくれるなら好きかな」

天使:
「ふむ、同感だ。ただそれって媚びられたことないやつの発想だよな」

大天使:
「いや誰でも同じだろう。考えてみろ、峰不二子みたいな女に色っぽい眼差しで迫られるところを。カモンベイベーだ」

天使:
「たしかにそうだな。峰不二子はいい……。世の中が媚びる女ばかりだと男には都合がよさそうだ。しかし、そうなるとひとつ障壁があるぞ。男に媚びる女は往々にして同性から嫌われるらしいんだ」

大天使:
「女たちは男という生き物がいかに弱いかよくご存じなのだろう。峰不二子に将来の夫を誘惑されるかもしれないと考えたら、媚びる女への直感的嫌悪も致し方ない」

天使:
「ではなぜ『自分も媚びればいい』と思わないのかな。スリーサイズを峰不二子にするのは無理でも、媚びるという戦略だけなら模倣できるはずだ」

大天使:
「さてはお前……誰でもいいから媚びられたいのか」

天使:
「夏の太陽にやられちまったかな」

大天使:
「どこかの歌みたいなこと言ってる……。お前は誰もが媚びればいいと言うが、向き不向きがあるだろう。例えば、お前は風俗嬢との行為の最中に相手の技術を積極的に褒めて、かつ自分の喜びを極力言葉にして伝えるという涙ぐましい媚態を演じてみせるが、俺みたいな高貴なる大天使や多くの一般男性には容易に真似できない芸当かもしれないぜ。知らんけど」

天使:
「アホ。あれは媚びているのではない。相手から可能な限り上質なサービスを引き出すための駆け引きだ。男が女に媚びるというのは、風俗嬢の誕生日を聞き出してプレゼントを用意してしまうような行動を指すんだ」

大天使:
「悪いが俺には違いがよくわからん」

天使:
「いずれにしても、だ。俺は媚びることがよろしくないこととは思わない。他者に好かれようとして何が悪い。媚びて成果を得ることの一体何が悪いんだ」

大天使:
「どうした、らしくない発言だな。お前は他人ありきの基準で生きているやつを軽蔑しているものとばかり思っていたのに」

天使:
「その通りです。――だがッ、しかしッ! 俺は気づいてしまったんだ。一見媚びていないように見える態度の裏に、別の媚態があることに」

大天使:
「やっと本題か」

天使:
「何年か前、帰省した時の一幕さ。家族みんなでテレビを見ていると、儲かっている企業経営者が紹介された。そこに経営者の妻も出てきたのだが、彼女、身なりからなにから典型的なセレブ妻でね。専業主婦だという。すると俺の母と姉が口をそろえて言うんだ。『旦那の金でいいカッコしちゃって』と」

大天使:
「そのセレブ妻というは、玉の輿を狙う港区女子が思惑通りに人生を運んだ場合の姿、みたいなものを想像すればいいのか」

天使:
「そうだ。母と姉の口調の裏には、男に媚びやがって、という類の非難があった。ステレオタイプのセレブ妻に毒つく庶民女という構図もまたステレオタイプだから、当時の俺は二人のセリフを聞き流した。元来興味のないテーマだったし」

大天使:
「サザエさん並みに聞き流しちゃうエピソードだな」

天使:
「だが先日、継続寄付をしているプラン・インターナショナルから送られてきた冊子を読んでいて気づいたんだ。冊子の中にはジェンダー平等や女性の権利向上についての記事がある。そういったテーマについて考えるほど、母と姉の例の発言には大きな矛盾があって、聞き流している場合ではないと思えてきた」

大天使:
「そういやお前、ガールズ・プロジェクトなるものに寄付してたな。ケチケチと毎月千円ずつ。その行動と風俗を断ちがたい心理の間にひそむ矛盾について語ってくれよ」

天使:
「黙れ。それはまたの機会だ。今は母と姉の発言の矛盾についてだ。黙れ!」

大天使:
「わかった、落ち着け、黙るから」

天使:
「庶民女たちはなぜセレブ妻を非難するのかッ。例えば主婦が家事労働の価値を低く見られたら激怒することだろう。内助の功という慣用句もある。一見アホみたいに見えるセレブ妻も、その存在自体が夫のモチベーション向上に貢献しているとみなすべきだ。ジェンダー平等だの女性の権利向上だの抜かしておいて、女が女の価値を貶めるとはどういうことか!」

大天使:
「たとえ専業主婦であったとしても、旦那の出した成果は私の出した成果よ、という顔をして歩いてよい。というか、そういう顔をして歩くべきだというわけだな」

天使:
「母や姉のような女たちの中にこそ、女はでしゃばらず、男の三歩後ろをついて行くのが好ましいといった旧態依然の価値観が公衆便所の糞みたいにこびりついているんだ」

大天使:
「談義で誰の悪口言うのかと思ったら家族の悪口言ってる! お前地獄に落ちるよ。天使だけど地獄行き! 台詞の話者表記のところ『堕天使』に替えろよ」

堕天使
「例のセレブ妻はたしかに男に媚びて生きているのかもしれない。しかし、母や姉もまた別の形で男に媚びているんだ。控えめな私って好ましい女でしょ? という具合にな。セレブ妻が積極的・能動的媚態を持つなら、俺の母や姉は消極的・受動的媚態を持っている」

大天使:
「お前の――俺のでもあるが――母ちゃんや姉ちゃんがあんまりかわいそうだから言っておくけど、でしゃばらない女を求めている男がいまだに多いってのも原因のひとつだと思うよ。何よりお前自身、誰もが媚びればいいとついさっき言ってたじゃないか」

堕天使:
「媚び方が重要なんだよ。男女同権ではあるが男女同質ではないんだ。男勝りに生きられる女ばかりじゃない。逆もしかりだ。だからこそ誰もが媚びればいい。現実問題女性の方が男性より平均所得が低いし、出産をみすえるなら旦那の稼ぎに期待して人生を立ち回るのも当然と言えば当然だ。ならばこそ、セレブ妻のような生き方を同性である女みずから揶揄しているようではダメじゃないか。そんなことしていると女はいつまでも男になめられっぱなしになるとは思わないか?」

大天使:
「しかし、男のお前は本当に受け入れられるのか。例えば自分の成果を我が物顔で享受するパートナーだとしても」

堕天使:
「消極的・受動的媚態に期待する男なんてものは自分に自信がないだけだよ。ルパン三世を見てみろ。峰不二子に出し抜かれたって平気な顔してる。だから俺は意地を張ってでも峰不二子的媚態を期待してるんだ! 自分のお宝を横取りされて、『しょうがねえなあ』って笑ってみせる余裕を身につけたいッ」

大天使:
「じゃあまずは宝を手にできるだけの才覚を磨かないとな」

堕天使:
「そのためには! ……こんな談義、書いてる場合じゃないよなあ」


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