ヒュウガ・ウイルス
「ヒュウガ・ウイルス」村上龍 幻冬舎
現在より5分間時空のずれた地球において、別の戦後史を刻む日本が舞台となった小説です。
この世界の日本は広島、長崎に次いで小倉、新潟、舞鶴にも原爆を受けながらも本土決戦を行った末、連合国の占領下におかれています。
北海道・東北部は旧ソ連、四国はイギリス、それ以外はアメリカの分割統治となり、日本国は消滅したのです。
戦後、まもなくビルマ、ニューギニアより帰還した僅かな将校団が旧長野に集結し、新たな日本を興すことを志し、地下に潜ります。
これが後にアンダーグラウンドと呼ばれる日本国地下司令部の誕生となりました。
彼らは無数のトンネルを地下に張り巡らせながら、国会を形成していきます。地下数百メートルに26万人の人口を持つまでにいたり、本土に駐留する国連軍を相手にゲリラ戦を繰り返す、強力な戦闘的小国家に生まれ変わります。
反帝国主義を掲げる傭兵として、海外の内乱や紛争、革命にも加わり、日本国軍はいつしかUG(アンダーグランド)軍と呼称され、世界中から脅威と賞賛の対象となっていきました。
大国にとっては統治を脅かす危険な国家ですが、59年のキューバ革命時にはフィデル・カストロの要請をうけ、UG軍を派遣し、その独立を助けたりもしています。
また、戦闘国家でありながら、高度な文化、芸術、科学技術をほこり、その成果物は世界中で高く評価されてもおりました。
本書の主人公はキャサリン・コウリーというCNNのアメリカ人記者です。
外国人記者として地下国家への取材を許可された彼女はUG軍の地下司令部を訪れたのち、アンダーグランド側より、従軍取材の依頼を受けます。
行軍先は九州東南部に位置し、海外資本により作られ、世界中のセレブリティ達が集まる歓楽都市ビッグ・バンでした。
その行軍中、行軍先で彼女の見たものが本書の内容となっております。
また、行軍先のビッグ・バンで発生した感染症「ヒュウガ・ウイルス」ですが、激しい筋痙攣(けいれん)の後に、吐血し死亡する致死性が極めて高いウイルスで、のちに世界中へとひろがりをみせます。
このウイルスのメカニズムを主人公と行動を共にする医学・生化学に長けたUG軍の細菌戦特殊部隊が解き明かしていくのが本書のキモとなっているのですが、その結末は圧巻です。
第1章 レトロウイルスのように
第2章 細胞外マトリックス
第3章 エンドサイトーシスで細胞質へ
第4章 リソソーム・残骸の街
第5章 壊死したミトコンドリア経由
第6章 ゴルジ装置・腐乱酵素放出
第7章 モリソンホテル・免疫グロブリンの群れ
第8章 核酸の中へ・終止コドンの発見
第9章 逆転写酵素の秘密
第10章 ヒュウガ・ウイルス
免疫系や分子細胞生物学をモチーフに章立てされており、知的興奮もそそられました。
高校時代、親友が薦めてくれ、本書を手に取ったのですが、今回のコロナウイルス感染拡大の際、ふと思い出し、再度、読み返してみました。
数十年ぶりに読み返し、新たな発見もありましたが、読後の思いは以前、読んだ時と大きく変わりませんでした。
それは圧倒的な危機感をもって生きていこう、UGの兵士の様に、でした。
本書の中では、今もなお、戦闘国家として、貧しく戦争に明け暮れる日本国民ですが、飽食にまみれ、多数の自殺者を生み出している現実の日本とではどちらが幸福であるかは一概にはいえません。
ただ、生命を燃焼させるただ、その1点については地下に潜った日本に分がある様に思えてなりません。
圧倒的な危機感をエネルギーに変換する作業、それが生命の燃焼であると自分は考えます。
そのことを日常の中、淡々と問うていきたいと改めて思いました。
昔の秀れた日本人の特徴である、高貴性と野蛮性の両輪というものが真の人間性にとっては重要だと思うのです。(執行草舟)
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