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友よ

『友よ』執行草舟 講談社 2,300円+税 2010年12月刊

本書は著者の経営する会社の社内報に10年間にわたって掲載されていた著者の愛唱詩歌45編がまとめられ、詩歌への思い出と独自の解釈が共に綴られています。

萩原朔太郎、高村光太郎、李白、杜甫、ゲーテ、シェイクスピア等、教科書にも掲載されるほどのメジャーな芸術家たちの作品が著者独自の解釈と訳により、国語の授業では味わえなかった興奮を味わえたのが忘れられません。

その興奮は知的興奮と言うよりも少年漫画や劇画を読んでいるときの動的興奮でした。

なぜ、ただ詩を読みむだけで興奮するのか、それはその詩と共に著者の詩に対する思い出がふんだんに記されており、著者の目を通してその詩を味わうことができたからだと思います。

教科書的な解釈で詩を味わうのではなく、面白い漫画や映画の世界に入り込むが如く、著者である執行草舟氏になりきってその詩の世界に没入できました。

たとえば、ヘルマン・ヘッセの「白き雲」の章では、著書の20代の頃のエピソードが特に印象に残りました。

著者が当時、三崎船舶という造船会社に勤めていた時に「悪漢政」の異名ををとる、或る老人と出会います。

老人の本名は奥津政五郎といい、三崎船舶の取引先である奥津水産の社長でもありました。

奥津水産は当時、大型遠洋漁船を多数抱える水産業界屈指の名門であると同時に、その社長である「悪漢政」こと奥津政五郎は船頭から一代でその企業を築き上げた地元でその名を知らぬ人はいないほどの人物でした。

なんといっても著者が初めて知り合った時には、80代後半の年齢であったにも関わらず、背広にネクタイは締めてはいるものの、木刀を携え、室内用スリッパで地元の町中を闊歩していたそうです。

その十数年前は木刀ではなく、日本刀を実際持ち歩き、航海先で不心得な漁船員を何人かたたき斬って、海へ突き落していたという噂もたつほどの荒くれだったようです。

そんな老人になぜか気に入られた著者は休みの日によくドライブに付き合わされ、その最中にドイツ語の原文でヘッセの「白き雲」を朗読したことがあったそうです。

なんと悪漢政はその詩を2度聞いただけで、覚えてしまい、先々でドイツ語で暗唱したその詩を披露し、「ヘッセとかいいう奴は、面白えー!」「俺と気が合う!」と語っていたとのことです。

幼き時より漁師である父親と海に出て、雲の動きから航海術を磨いてきた老人の雲に対する思いとヘッセの雲への思いが交錯する名シーンが浮かび上がります。

他にもこの悪漢政に筆者が歯を叩きおられた話や悪漢政が亡くなられた際のエピソード、海岸で相撲をとったり、でんぐり返りをした話など著者の悪漢政との思い出は尽きません。

そして、この思い出は常にヘッセの「白き雲」と共にあるのです。

ドイツ語の原文もあるのですが、著者の訳がまた素晴らしい!口語体や漢文体、和文体にて様々な形式で訳してきた結果、本書に記載されている訳に落ち着いたようです。

なお、本書はこのヘッセの詩だけでなく、王陽明(仕事や日常生活の中での実践を通して心に理をもとめた思想家)から長田弘(現代詩人。2015年没)、万葉集までと幅広く、様々な詩歌を味わえます。

勿論、著者とその詩にまつわるエピソードも秀逸です!(三島由紀夫との文学論、ダライ・ラマ14世との交流まで)

普段、詩をなかなか味わうことのない人にこそ、是非味わってもらいたい書物でもあります。

きっとお気に入りの詩が見つかることでしょう。

その歌が一生の友となれば何よりです。


『 夕映(ゆうば)えに  笑(わろ)うて去(さ)らむ  赤銅(あかがね)の  ますらをさびて  雲に呑(の)まれつ 』  執行草舟





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