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小説【REGULATION】《5話》「烙印」

《5話》「烙印」

俺には彼女が、冗談を言っている様には見えなかった。
「──マジかよ…」
彼女はどこからどう見ても、ただの人間にしか見えない。
「じゃあ君は…この地球では無い、何処か遠くの星からやって来たって事だよね?」
俺は混乱しているのか、今の話の流れからして分かりきった事を訪ねた。
「──そう」
彼女は、またこちらに向かって歩き始めた。
「じゃ、じゃあ君が居るって事は他にも仲間が来てたりするのかな?」
「えぇ。居るわ。沢山…」
──沢山!?怖すぎるだろ!
俺は、こちらに歩いてくる彼女に向かって、止まれと言わんばかりに、次々と質問を投げかけた。
「いつから来てたんだ?」
「少し前からよ」
「少しってどれくらい?」
「十年か、二十年くらいじゃない?」
──十年か二十年って…。一、ニ時間のノリで言うなよ…。
「何で同じ言葉を喋っているんだ?翻訳機能か何かなのか?」
「いいえ。それは私が聞きたいくらいよ」
──そうか。知らない事もあるのか…。
俺はゴクリと唾を飲み込み、最も聞かなくてはならない疑問について切り込んだ。
「き、君達の目的は一体何なんだ…?」
彼女は俺の目の前で静止した。
立った状態で、改めて並んでみると、彼女は案外小さかった。
俺の身長が百七十八センチ、そこから比較しても彼女はヒールを含め、百七十センチと言った所だろうか。
彼女は物理的な上目遣いで、俺の顔をじっと見つめた。
「な、何だよ…」
情けなくも、額に汗を垂らしながら半歩下がった。
俺は何故彼女に対し恐れを感じ、慄いているのだろうか?
確かに今夜は、理解し難い出来事が沢山起きた。
その怪奇現象を引っ張って来た張本人が、彼女だからなのか?
それともただ単に、俺が若い女性と面と向うこの状況が、久しぶり過ぎる故に、まさか緊張でもしているのだろうか?
そんな事を考えていると、不意に彼女は左手を差し出した。
「ん?」
──握手?交友の証か?
俺は彼女の差し出した手に、握手をしようと手を出した。
「何!?変な事しないで!」
彼女は自分の手を抱き寄せると、まるで猫が毛を逆立て、威嚇しているかのごとく、俺を睨みつけた。
「ご、ごめん。俺はてっきり交友の証に握手でもするのかと…」
「──違う!それ!」
「え?」
「それよ!私のそれを返して!」
彼女は必死に、俺の右半身を指さした。
「あぁ…」
──なるほど槍の事か。
俺は右手に持っていた槍を、彼女に返した。
彼女は槍を手に取ると、傷や汚れを確認するかの様にしばらく眺めた。
「それも返したんだ。俺は本当に君達の敵では…」
『シュッッ!!』
槍を眺めていた彼女は、再び俺の顔面目掛け、槍を突いてきた。
そりゃそうだ。先程まで、あれ程の敵意を剥き出しにしていた相手に、易々と武器を返えせば、こうなる事は容易に想像が出来たはず。
しかし、それを踏まえた上で、俺にはある仮説が浮かび上がっていた。
──もしかすると…。
彼女の槍が、今まさに俺を目掛け矢のように飛んで来ている。
「──ん?」
しかし、良くみると、今回の彼女は穂では無く、石突側で突いて来ている。
──やっぱり…。恐らく彼女も同じ仮説を立てているに違いない。
『バシッッッッン!!』
彼女の槍は見事、俺の額を捉えた。
正直、避けきれなくも無かったが、俺はあえて避けなかった。
──ビンゴだ…。
俺は目を瞑ったまま、先程立てた仮説が正しかった事を確信した。
石突側だとは言え、俺は彼女の槍を額にモロに食らった。
普通なら首が後ろに大きく持っていかれ、同時に強い痛みを感じるはずだ。
しかし今の俺は、痛みはおろか、微動だにしていない。
俺の、一つの仮説が立証された瞬間だった。
そう。つまり、今しがた起きた俺の異常なまでのパワーアップ事件は、俺がパワーアップしたのでは無く、ただ単に彼女が異常なまでにか弱かっただけだったのだ。
「まだ…私の質問が終わってないわ」
彼女は俺の額に槍を突き立てたまま、出会ったばかりの時と同じように、冷静に話始めた。
「貴方はさっき、年齢を二十五歳だと言った。
その二十五歳と言う年齢の定義とは、一秒掛けること六十の二乗、掛ける二十四の三百六十五倍。それを二十八回繰り返した。つまり三千百五十三万六千秒掛ける二十八の、産まれてからまだ八億八千三百万八千秒しか経っていないと言う事なの?」
──おいおい…。君の頭の中には電卓でも入ってんのか?そんな天文学的数字聞いた事ないぞ。
そもそも、これまで自分が生まれて何秒経ったかなんて考えた事も無い。
「えっと…。少し待ってくれ。いや…。かなり待ってくれ。一秒が六十個で一分で…そのまた一分が六十個で一時間で…。一日は二十四時間だから一年を三百六十五日とすると…。んー。とてもじゃ無いけど頭で計算は出来そうにない…。んー。でも、恐らく君の言ってる定義であってるよ」
彼女は質問を続けた。
「貴方は私の蹴りも、そして今この状況も全く痛みを感じないのよね?」
彼女は槍をぐいぐいと押しているように見える。
俺はうんうんと頷いた。
それを見た彼女は槍を下ろし、顎に手をやった。
「んー。何となく分かってきたわ。
私はこの星に到着したその瞬間から、何らかの原因でどうやら力を失ってしまったみたいね…」
と、その時…。
「──コラァ!!そこで何をしている!!」
俺と彼女は、突然浴びせられた怒鳴り声に驚き、体がビクりと動いた。
──そうだ。ここは得体の知れないビルの屋上だった。このビルの警備員だろうか?
この状況は誰がどう見ても、不法侵入以外の何でもない。
「やべっ…!おい!この話はまた今度だ!一旦ここから…」
振り返ると、そこにはすでに彼女の姿は無かった。
「──へ?」
横目で、警備員が何やらボソボソと話しているのが見えた。
十中八九、警察にでも通報しているのだろう。
──どうする俺…。
逃げるにしてもここはビルの屋上。
あいつらに捕まって、飛んできた時の感覚から、
十階建て程はあったはずだ。
飛び降りる事は不可能。
ざっと見渡す限り、出口はあの警備員が出てきた非常階段の様な扉のみ。
そして警備員はよくイメージするお爺ちゃんでは無く、身長百八十センチ程のゴリゴリマッチョな髭親父だ。
振り切れる可能性は万に一つも無いだろう。
「──オワタ…」
俺は逃走する事を諦め、大人しく警備員に連れられ、ビルの入り口まで降りた。
地上に着いた俺は、さっきまで居たビルを見上げた。
──おいおい…。弁解の余地がねぇな…。
良く見ると俺がいたこのビルは、ラブホテルだった。
俺はその後、駆けつけた警察官に、ニ時間に渡る事情聴取を受けた。
警察にお世話になるのはニ回目だが、今回は状況が状況と言う事もあり、本当に根掘り葉掘り聞かれた。
〝宇宙人達に捕まって、空を飛んで、ビルの屋上で話てたんです!…〟
何て言っても信じてもらえる訳が無い。
俺は終始〝覚えていない〟〝たまに無意識で出歩く事がある〟〝病院に通おうと思っている〟などと説明した。
──無意識でラブホテルの屋上に行く何て、一体どんなやつだよ…。
自分の嘘に呆れながらも、俺は嘘を貫き、結果、
何とか解放された。
俺はその足で、宇宙人達に連れて行かれた現場へ向かった。
──やっぱり無いか…。
連れ攫われた際に落とした、お酒やつまみの入ったコンビニ袋は無くなっていた。
俺は再度、コンビニでつまみと締めのラーメン。
そして色々あったが、こうして無事生還している自分へのご褒美に、お酒をさっきの倍購入し、帰宅した。
その日は恐らく、浴びる程にお酒を呑んだ。
非日常的な体験から、極度の緊張とストレスにより、身も心も疲れ果てていたのだろう。
この日、帰宅後の記憶は一切ない。
ちなみにだが、この日俺が警察沙汰になった噂は、瞬く間に会社中に広がった。
普段の俺は、会社では〝きょん〟や、〝きょんきょん〟と呼ばれていた事もあり、この日以来俺のあだ名は〝キョンシー〟となった。
上手い事を言う奴が居たものだ。
こうして俺は、あの得体の知れない宇宙人と出会ってしまったばかりに、〝ラブホテルの屋上に一人で居た放浪者〟と言う恥ずかしい烙印を押されてしまったのであった。


 ──【…あと四日】──

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