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【企画参加】 狂乱

「先にお飲み物お伺いしましょうか?」


「あ、もう少しで来ると思うので、飲み物はもう少しあとにしますね」


緊張からか、少し上ずった声で私は店員にそう答えた。


ふと隣を見やると、畳張りの座敷にでんと居座るくたびれた様相の4人のサラリーマンたち。


「いやさぁ、この間、たまたま帰ったら娘が俺のパンツ、菜箸でつまんで洗濯機に入れてんの。ショックだったわ」


いかつい面持ちの男性が話す。


「うちもうちも。この間、俺の髭剃りが濡れてるから、女房に聞いたら、『私も髭やわきや脛を剃らせてもらってるわよ、どうかした?』って。参るよな、歯がボロボロになるじゃん、自分専用のを買えよ」


「いやいや、俺なんてさ、この間帰ったら机の上にメモがのっててさ、『これから一週間韓国にいってきます』って。聞いてねーよ」


「いやいや、俺の奥さんなんてさ、肉が嫌いで魚しか出してくれないわけ。本人には言えないんだけど、共食いになるからだと思うんだよね」




ブーっ



猛烈な勢いで吹いたのは、横の席に座っていた私。


堪えていたが、どんどん加熱する隣のサラリーマンたちのボヤキにとうとう我慢できなくなって吹いてしまったのだ。


サラリーマンたちは驚いたようにこちらを見る。


「す、すみません、耳に入れまい、入れまいって思っていたんですけど、どうしても耳に入ってきてしまって」


笑いを堪えようとすればするほど、おかしさが止まらなくなり、私は涙が出るほど大笑いしながら隣の席の客に謝った。


少しきまり悪そうに、でも、ちょっと照れたような笑顔でサラリーマンたちは、私の無礼を許してくれた。


うん、会社辞めるの止めよう。


本当は、今日、親友で同期入社のみゆきに、会社を辞めることを伝えようと食事に誘ったのだ。


みゆきを待つ間、横の席のサラリーマンたちの話を聞いて堪えきれず大爆笑したら、気持ちがすっかり切り替わっていた。


「ごめんごめん、遅れて。ところで話ってなに?」


タオルで汗をふきつつ現れたみゆきと再度注文を取りに来た店員が同じタイミングで声をかけた。


「ご注文はいかがなさいますか?」


【終】


以上859文字でした。


なんてことのないたわいもない会話ですが、いろんなエピソードを交えた半実話です。


「たいら@ショートショート」さんの企画をmikuji58さんと福島太郎さんの記事で知り、楽しそうで参加させていただきました。

深刻に思い悩んでいても、案外、簡単なことで気持ちが切り替わったりする。


そういういくつものきっかけをいただいて「今、ここ」に生かされています。


そのきっかけには、結構些細な事に対する笑いもたくさんあったな。そんなことを思い出して書いてみました。


たいら@ショートショートさん、mikuji58さん、福島太郎さん、ありがとうございます。


それにしても、私の場合、完全な創作って、できない。創作ができる方はすごいなと改めて思いました。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。








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