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Wednesday『Rat Saw God』 人間らしさが詰まったリアルと感情が爆発したオルタナティヴ・ロック by Kent Mizushima (to'morrow records)

KKV Neighborhood #170 Disc Review - 2023.5.30
Wednesday『Rat Saw God』review by Kent Mizushima (to'morrow records)

Dead Oceansから発売されたWednesdayの3rdアルバム『Rat Saw God』

The Sundaysにインスパイアされ、2018年に"Wednesday"と名付けスタートしたKarly Hartzmanによるプロジェクトは、時間が経つにつれてバンド構成へと変化し、2020年にはシカゴのインディペンデント・レーベル〈Orindal Records〉から『I Was Trying to Describe You to Someone』というデビュー・アルバムをリリースした。この当時、ほとんど知名度はなかったと思うが、シューゲイジングしたギターが特徴的な「Fade Is…」のような楽曲を中心にオルタナティヴなサウンドが鳴り響くアルバムで、サウンドだけで判断するとローファイなスマパンのような「Billboard」や弾き語り+αという最小限の構成で演奏された「Revenge of the Lawn」までも収録し、可能性に溢れた傑作アルバムだった。

そしてバンドは2021年夏に2ndアルバム『Twin Plagues』をドロップ。リリースしてすぐに話題になったわけではなかったが、〈Paste Magazine〉や〈Brooklyn Vegan〉といったUSメディアの年間ベスト・アルバムに選出されたことによりバンドの知名度は少しずつ上がり、Beach Bunnyとのツアーや〈SXSW〉への出演などWednesdayの音楽は徐々に人から人へと伝達していった。

そして2023年4月7日に本作『Rat Saw God』をリリースし、〈Pitchfork〉では驚異の8.8ポイントのBNMを叩き出すなど、2023年もっとも話題になっているインディ・バンドの1組として騒がれているが、この作品を語るうえでまず最初に触れておかなければいけないのは、突如〈Dead Oceans〉から昨年の9月にシングルとしてリリースされ、アルバムには2曲目に収録されている「Bull Believer」だろう。

「Bull Believer」は、今ではSSWとしても注目を集めるギタリスト、MJ Lendermanのガラスの破片のような鋭さと爆発力、そしてカオティックを同時に感じさせる渾身のギター・サウンドが8分30秒鳴り続ける裏で、2020年代もっとも生々しい死と絶望の叫びがKarly Hartzmanのシャウトとなり響き渡る。この曲は闘牛の物語で、死にたくない気持ちと絶望の中で生きるくらいならいっそ殺してほしいと願う交差した気持ちが表現されていると思うのだが、それって人間生きている中で一番本質的な感情なのではないだろうか。”生きたい”という気持ちと”死にたい”という気持ちは真逆のように見えて重なる部分があると感じさせられる。そのまま流れ込むようにスタートする「Got Shocked」でも引き続きファジーでオルタナティヴなギター・サウンドが活躍しており、最近注目を集めている他のオルタナ/グランジ系統の若手バンドよりも圧倒的にギターが暴れまわっていて、それはまるで騎手が手綱を離したホースのようだ。

Wednesdayは“カントリー+シューゲイズ=Countrygaze”と自分たちの音楽を説明しているが、今作に収録され彼らのディスコグラフィの中でもベスト・ソングとの呼び声も高い「Chosen to Deserve」は、彼らのアメリカンなよさがどの曲よりも表現された楽曲だろう。

「ティーンのときに起きた出来事や感情を歌にすることが多い」と語っているKarly Hartzmanだが、この「Chosen to Deserve」は父親の仕事がなくなり家族関係がうまくいっておらず、ドラッグやセックスに逃げていたときの記憶を辿ったラヴ・ソングである。「ずっと私たちはいいところを見せようとしていたけど、そろそろ私のサイテーな話をしよう」と歌が始まり、飲みすぎて吐いた話、みんなでドラッグをやった話、路地裏でカー・セックスをした話、友達がオーヴァードーズで死にかけた話など次々と自分の醜いストーリーを語っている。決して彼女がスペシャルなわけではなく、誰もがその場のノリで行動してしまった体験や人間関係を持っているはずだ。そして最終節では「Thank God that I was chosen to deserve you」と今の関係性に対して感謝を歌っている。すべてをさらけ出したとしても愛してもらえると確信していたからこそ生まれた、リアルな生活感が滲み出たラヴ・ソングは日本のそれらからは感じ取れない人間味が溢れ出ているし、こんなに優しいラヴ・ソングがあるだろうか、と僕は思う。そして彼女がグレる原因にもなった家族全員が揃ってこの「Chosen to Deserve」のMVに出演しているのにもグッときてしまう。アッシュビルには行ったことはないが、彼らのホームタウンの雰囲気がよくわかるすばらしいビデオだ。そして何よりもこの曲をエモーショナルに、決して誰も真似できないように歌い上げたKarly Hartzmanのヴォーカリストとしての成長を感じられずにはいられない。

アルバムは「Chosen to Deserve」で受けた衝撃を引きずりながら、爆発力のあるグランジ風の「Bath County」へと進んでいき、そして彼女の小さいときの記憶を覗いているかのような気分にさせられる「Quarry」へと続いていく。この曲の流れでもファジーなギター・サウンドを中心に置きつつもアメリカンな音楽性がちゃんと血として流れている。だてにスチール・ギターを担当するXandy Chelmisも正式メンバーに加え、3/5がギタリストのバンドをやっていない。MJ Lendermanの痛烈なギターはもちろん、Xandy Chelmisのスチール・ギターが生み出す絶妙なロック&サイケっぽさのあるアメリカンな音色なども含め、Karly Hartzmanのソロ・プロジェクトではなく”Wednesday”というバンドになったからこその本領が発揮された作品だろう。僕はやっぱり、「音楽は人間が鳴らすからすばらしいものなのだ」と強く感じさせてくれる作品が大好きだ。この『Rat Saw God』は、まさにアッシュビルに住む5人が集まってWednesdayとして鳴らしたからこそ生まれたアルバムなのだ。


Wednesday『Rat Saw God』
Release Date:2023.4.7
Label:Dead Oceans

Tracklist:
1.Hot Rotten Grass Smell
2. Bull Believer
3. Got Shocked
4. Formula One
5. Chosen To Deserve
6. Bath County
7. Quarry
8. Turkey Vultures
9. What's So Funny
10. TV in the Gas Pump

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Wednesday:Instagram

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