見出し画像

The National『First Two Pages Of Frankenstein』長いトンネルの終わりに by 与田太郎

KKV Neighborhood #168 Disc Review - 2023.05.16
The National『First Two Pages Of Frankenstein』review by 与田太郎


The National / First Two Pages Of Frankenstein

ザ・ナショナルの『High Violet』以降の3枚のアルバムを彩る暗く淡いトーンは、マット・バーニンガーの疲労感と迷いを表現していたように思える。それはまた彼の目に映るトランプ政権下のアメリカの状況を写していたのではないだろうか。ぼくは3年前に『BOXER』と『High Violet』の高揚感を『ロックが社会と戦い、おさめた数少ない勝利の記憶』というタイトルの文章にした。

この文章を書いたのはちょうどコロナの影響が深刻化し、世界中が不安に覆われはじめた時期。ザ・ナショナルは『I Am Easy To Find』をリリースしてから1年が経とうとしており、テイラー・スイフトの『フォークロア』がでる少し前のことだ。ザ・ナショナルの4年ぶりの新作『First Two Pages Of Frankenstein』を聴いた時に自然と思い浮かんだのはザ・ナショナル、いやシンガーのマット・バーニンガーがようやくなにかを取り戻すことができたのだろうという思いだった。今作はぼくにとって想像以上に大きな解放感を与えてくれた。それほど『Trouble Will Fine Me』、『Sleep Well Beast』と『I Am Easy To Find』の3作からは苦い思いや苦悩を感じ取っていた。

この10年、私たちが日々目にしてきたのは分断や諍いであり、その対立を鮮明にし、強度を上げるためにブーストされた物言いが飛び交うインターネットであり、想像を超えた事件と戦争のはじまりだった。ザ・ナショナルは常に正直に音楽と向き合ってきた、だからこそ『BOXER』と『High Violet』を包むあの高揚感は多くの人に届いたのだし、とても美しく大切なものだった。しかし同じように正直な目でこの10年の世界を眺めたマット・バーニンガーは希望を歌うことができなかっただろう。オバマ政権の苦しい後半からトランプ政権の誕生、2013年から2020年までのアメリカの政治の分断と混乱は彼をとても強く葛藤させたはずだ。アメリカの社会が抱えている矛盾とそれに起因する対立による日々の出来事は日本で暮らすぼくらですら言葉を失うほどのことが多い。それでも彼とバンドは悩み、もがき、迷う自分達を隠すことはしなかった。それが『High Violet』以降の3作の重い通奏低音として流れていた。

『First Two Pages Of Frankenstein』もまた正直さは変わっていない、しかしその背後や深い部分に流れているのは希望の光だ。それはとても小さいけれど、この10年に渡る長いトンネルが終わることを教えてくれる。だれも世界を望む姿に変えることはできない、たとえそれがどれほど正しかろうとも。その事実を知ることで落ち込みはするけど、それでも捨てることのできない思いがあるならまだできることがあるはず。そう気がついたマットはまた静かに自分の中にある変わらないものを取り戻すことができたのだろう。自分を取り戻してみると、つらく苦しかった時期の中にもあたたかく美しい瞬間がいくつもあったことを思い出すことができる。心が塞がった時期に見過ごしてしまった事柄を丁寧に集め、もう一度見つめてみたら、幾つもの愛おしい瞬間がちりばめられていた。それは自分が感じることができなかっただけで確実に存在していた、もう一度その場面を音楽に封じ込めよう。そんな曲がいくつも並んでいる。

美しい日々と同じぐらいの辛い現実、それを誰もが同じように繰り返しながら生きていく。いつか嫌悪感を乗り越える方法も見つけられるし、ぼくらにはぼくらの戦い方がある。それに気がついた時にマットはもう一度自分のやりかたを信じることができたのではないだろうか。たとえこの人生が苦しいゲリラ戦だとしても、ともに闘う仲間はいるのだから。

今作のゲスト参加やこの数年間でマット・バーニンガーとザ・ナショナルがコラボレーションしたアーティストを並べみると、ジャスティン・ヴァーノン(Bon Iver)、スフィアン・スティーブンス、フィービー・ブリージャーズ、テイラー・スイフト、ロビン・ペックノールド(Fleet Foxes)、シャロン・ヴァン・エッテンとなる。この緩やかなサークルには特別なステイトメントもスローガンもない、だが作品を聴けばどれほどお互いを大切に思っているかが伝わってくる、本当にみんなマット・バーニンガーのことが大好きだ。だれも直接言葉にすることはないだろうがこのサークルの中心には彼がいる。

このアルバムを聴いたことで、ようやくぼくは『Trouble Will Fine Me』からの3枚と向き合える。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?