見出し画像

2018年海外文学/日本文学ベスト


 2018年上半期ベストは以前書いているので、そのときと同様にまずは下半期のベストを発表し、そのあとに今年の総括をする。いつも通り海外文学はベスト10、日本文学はベスト5である。


**

【2018年下半期:日本文学ベスト5】


第5位 『ペンギン・ハイウェイ』 森見登美彦

画像1

ぼくはたいへん頭が良く、しかも努力をおこたらずに勉強するのである。だから、将来はきっと偉い人間になるだろう。

 夏に公開された映画版を森見好きの友人と観に行く約束をしてしまったため、その前に原作を読んだ。この前に『郵便少年』という短編を初めての森見作品として読んでいたが、『ペンギン・ハイウェイ』は実質『郵便少年』の拡大版だと言えるだろう。世界の果てを夢見る少年の王道成長譚として、児童文学に親しんでいた小学生の頃を思い出しながら懐かしく楽しんで読んだ。

 また『数学ガール』シリーズのファンとしては、作中のところどころでJ.ポリアの名著『いかにして問題を解くか』のオマージュだと思われる要素が散りばめられていたのも好印象を受けた。お姉さんよりも断然ハマモトさん派だが、映画版のキャラデザは解釈違いだった。



第4位 『眠れる美女』 川端康成

画像2

「年寄りに出来るいちばんの悪事はなんだろう」「この家には、悪はありません」

 上半期の1位に同じ川端の『片腕』を挙げたが、これも似た系列の中篇である。すなわち川端の耽美的変態性がもっともよく表れた作品のひとつだ。

 薬で昏睡状態にあるうら若き裸身の乙女と"添い寝"するというモチーフは、官能的であるというよりも、むしろ切なさを感じる。なぜなら、年老いた男がどれだけ少女の近くに寄り添い、彼女を愛おしく思ったとしても、向こうは自分を認識すらしていないのだ。これ以上に"絶対叶わない恋"があろうか。

 しかし、まったく反応が返ってこないからこそ安心して執着・崇拝できるとも言える。読んでいて「これはVOCALOIDを愛する心理と同じじゃん!」と思った。



第3位 『六番目の小夜子』 恩田陸

画像3

けれども高校生は、中途半端な端境の位置にあって、自分たちのいちばん弱くて脆い部分だけで世界と戦っている

 『夜のピクニック』でも感じたが、恩田陸は魅力的な学校行事の使い方が上手い。本作では、《小夜子伝説》が代々受け継がれる高校を舞台に、青春・ホラー・ミステリ要素が絡み合い、怪しくも瑞々しいストーリーが紡がれる。

 本作でもっとも衝撃を受けたのは、"全校生徒で行う"の朗読劇の場面だ。体育館に招集された生徒たちは、照明が落とされた真っ暗な空間で、順番に、一人ずつ配られた台詞を読む。膨大なかぎ括弧「」が並ぶこのシーンでは、発話者一人ひとりのパーソナリティは削ぎ落とされ、ただ暗闇に頼りなく放り投げられた発話たちが総体としてひとつの物語を成す。これはまさしく"学校"という閉鎖的な集団生活を営む場の持つ魔力を端的に示している。この圧巻のシーンだけで、本書を読む価値は十分にあると思っている。



第2位 『イリヤの空、UFOの夏』 秋山瑞人

画像4

夏休みが終わると同時に、夏が終わるわけではないのだ。夏は、あとしばらくは続くのだ。UFOの夏だった。

 これまでほとんどライトノベルを読んだことがなかった自分が、今になってこの本を手にとったのは、平成最後の夏に読むのに相応しい"エモい"小説に飢えていたからだ。結果的に、セカイ系の古典のひとつであり、傑作と名高い本作を選んだのは大正解だったとしか言いようがない。

 この物語は、夏休み明けの9月初めから本格的に始まる。示し合わせたわけでもないのに、わたしがこの本を読み始めたのは9月1日、しかも人生で初めての青春18切符による一人旅の電車の中でだった。浅羽とイリヤが南へ南へと逃避行を続けるのと呼応するように、自分も鈍行列車で南を目指した。このように、わたしにとって本作の読書体験は、いろんな意味でかけがえのないものになった。

 印象に残っているシーンは多い。砂漠の中にポツンと設置されたペンキ塗りたての遊具のもたらすイメージは鮮烈だった。ヒロイン2人による大食い対決の場面は、作者の筆が乗りに乗っていることが分かる過剰で素晴らしい筆致だった。もちろん、浅羽が決死の覚悟で"虫"をほじくり出すシーンに息を飲んだのは言うまでもない。

 いい加減ループ物は食傷気味だと感じる自分にとって、"タイムリープをせずに夏を繰り返す"という本作の仕掛けはとても好みだった。わたしはイリヤと過ごしたこの夏を忘れないだろう。



第1位 『大きな鳥にさらわれないよう』 川上弘美

画像5

今日、私が来た。扉を開けると、私よりもずいぶん若い、髪をのばした私がいた。(「水仙」より)

  川上弘美の文章は、いつも素朴で、静かだ。この短編連作『大きな鳥にさらわれないよう』でも、そのような落ち着きのある読みやすい文章が続くが、本作が語ろうとしているのは、"人類"というとてつもなく大きな存在についての神話である。ただし、それをいっぺんに語るのではなく、ジグソーパズルを張り合わせるように、あくまで一人ひとりに寄り添って物語は進むのがよい。

 最後の章を読んで、それから一番はじめの章を読み返したとき、この作品が描き出そうとする世界の構造に気づき、鳥肌が立った。ものすごく自分好みな構造だったとだけ言っておく。

 はじめの章に一瞬だけ、回転木馬とその隣に佇む係員が登場する。以後まったく物語には出てこないが、わたしはこれらのモチーフがまさに作品全体の巧みで鮮やかなメタファーとして機能していると思う。普段は見向きもされない回転木馬。たまに子供が近づくと、それはゆっくりと回転を始め、やがて止まり、子供は去る。それを傍から見守る係員。川上弘美は、なんて悲痛で潔白な物語を世の中に生み出してしまったのだと、強く思う。



**

【2018年下半期:海外文学ベスト10】

第10位 『ハムレット』 ウィリアム・シェイクスピア

松岡和子 訳

画像6

あとは、沈黙。

 上半期ベストで書いたように、わたしが初めてしっかり読んだ戯曲はベケットの『ゴドーを待ちながら』である。非常に自分好みだったその作品のあとがきで、「これほど議論を呼び、解釈がされ続けている戯曲は、これと『ハムレット』しかない」というようなことが書いてあり、初シェイクスピアは本作だと決めた。

 読む前のシェイクスピアのイメージは、世の大勢と同じく「難しそう、古くさそう」だった。読まず嫌いはなんてもったいないのだと、本作を読み終えて思った。現代まで読み継がれている時点で、その価値が古びているはずがないのだ。面白い。ユーモアと皮肉の効いたハムレットのセリフ回しがいちいち面白いのだ。ニコ動でなら「名言しか吐かない男」タグが付けられることだろう。

 また、劇中劇の使い方の巧さには舌を巻いた。「演じることを演じる者」というフィルターによって、物語の魔力はそれを読むわたしたちの次元にまで容赦なく踏み込んでくる。「戯曲の戯曲」たる本作が、これまでもこれからも戯曲の頂点に君臨し続けることに異論を挟む余地はない。


第9位 『夜の姉妹団 とびきりの現代英米小説14篇』

柴田元幸 編訳(絶版のため、中古でしか手に入らない)

画像7

少女たちは沈黙のなかに閉ざされることを欲し、うつろな目と石の胸を持つ青白い彫像になりたいと望んでいる。いったい娘たちをどうしたものか?夜ごと姉妹団は私たちの町のなかを動いていく。(「夜の姉妹団」より)

 絶版のこの本には、運命的な出会いをした。夏に家族で北海道旅行をし、泊まった知床のホテルのロビーに併設されていた蔵書コーナーで見つけてしまったのだ。

 もちろん、手に取ったのはガイブン勢なら皆大好き柴田先生の編訳だからだ。外れるわけがない。目次を見て、傑作『シカゴ育ち』のダイベックの未読短編「僕たちはしなかった」があったので、真夜中の誰もいないだだっ広いロビーの豪華なソファに座って読んだ。

 タイトルから薄々感じていたが、一文目「僕たちはしなかった」でもう「やられた!」と思った。自分が前々からぼんやりと考えていたイメージが、遥かに鮮やかに形作られていた。

 しかし、それを凌駕する傑作に出会ってしまった。表題作スティーブン・ミルハウザーの「夜の姉妹団」である。今年出版された『13の物語』でその作家の名前は知っていたが、こんなにも素晴らしい書き手だったとは。

 「夜の姉妹団」の凄さは、その語り方だろう。真夜中に少女たちが集う謎の組織。彼女たちは極めて背徳的な行為をしているのか、それとも何もしていないのか。真相に迫ってゆくほど真実はぼやけて謎のまま、ホラーでもミステリでもなく、これぞ文学だと思わされた。この短編に惚れて、ミルハウザーの代表短編集『ナイフ投げ師』をのちに読んだ。ますますこの作家の紡ぐ世界に引きずり込まれた。夜・秘密・ノスタルジア。この単語の並びに少しでもピンと来たら、あなたは今すぐミルハウザーを読んだ方がいい。ただし、帰ってこれる保証はない。

 他にも、この本によって幾人もの魅力的な作家を知ることができた。柴田先生様々である。


第8位 『中二階』 ニコルソン・ベイカー

岸本佐知子 訳

画像8

そこで私は決心した――これからは、自分のであった驚きや喜びを語るのに、あの遠くを見るような目は二度とすまい、それが子供の頃に発見した驚きや喜びであろうとなかろうと、そんなことは関係ないのだ、と。

 変な小説、というものがある。変な方向に尖った小説といってもよい。上半期ベストで2位に挙げた『もしもし』のニコルソン・ベイカーは、間違いなく現代でもっとも変なほうに尖っている作家のひとりだろう。

 本書ほどネタバレが意味を成さない本はない。あるサラリーマンが昼休みに一階から中二階までのエスカレーターを昇る。以上。この数十秒を200ページ強の文章で書いたのが本作だ。ナノ(極小)文学と言われる所以である。

 小説は男の取り留めのない思考を執拗に追う。少し前に両足の靴紐が同時に切れた原因の考察。トイレの手拭き用ロールペーパーがジェットクリーナーに変わったことへの文句。毎朝の牛乳瓶配達が廃れていった歴史への感慨。ホッチキス発明者への賛辞、等々。

 以上のように、本当に “どうでもいい” ことしか話さないので、正直言って小説にストーリーを求める側からすればものすごーく読みにくい。わたしも読み終えるのに数ヶ月かかった。

 さらに本書が変わっているのは、なんと註釈が本番であることだ。普通の小説は一次元だ。つまり、長かれ短かれ、平易であれ難解であれ、文の連なりをずーっと追っていけば読み終わる。しかし本書は文中にある註釈がものすごく長い。本文は一本道だが、回り道がいたるところに伸びており、読者を誘うのだ。寄り道した先でもやっぱりどうでもいいことしか書いていないが、それは本文だって同じなのだ。読むしかない。

 読んでいるうちに、むしろ変てこなこの本こそ、私たちの生活する日常という現実をもっともリアルに反映しているのではないか、と思う。わたしたちの人生に、小説的な分かり易いストーリーなんてない。奇抜に見える本書こそ、何よりも誠実に、我々に寄り添っているのだ。


第7位 『インド夜想曲』 アントニオ・タブッキ

須賀敦子 訳

画像9

これは不眠の本であるだけでなく、旅の本である。不眠はこの本を書いた人間に属し、旅行は旅をした人間に属している。

 タブッキの紡ぐ文章は、いい意味で “普通” だ。極めて平易な文体が淡々と続く。しかも、起承転結のあるストーリーとは無縁だ。ある人物を追ってインドを放浪する本作でも、あくまで淡々と物語は続く。

 だから、正直言ってあまり面白くないと思いながら読んでいた。最後の章までは。

 あっ、と叫んだ。ネタバレ厳禁と聞いていたが、そういうことだったのかと思った。最高に自分好みのどんでん返しである。ラストの展開でこれ以上評価が好転する作品は後にも先にもないと思っている。


第6位 『いちばんここに似合う人』 ミランダ・ジュライ

岸本佐知子 訳

画像10

わたしたちはいつだって誰かの目をあざむいて何かをやった気になっていた。それはつまり誰かがわたしたちをいつも見張っているということで、ということはつまりわたしたちはこの世界で独りぼっちじゃないということだったから。   (「何も必要としない何か」より)

 女優や映画監督としても活躍する新進気鋭のアメリカの女流作家ミランダ・ジュライは文章がうまい。めちゃくちゃ上手い。

 何を言ってる、プロの作家だから当たり前だろうというかも知れないが、それにしても彼女ほど文章が上手いと思わせられる作家はいない。 
比喩表現が巧みとか、難解な語彙で重厚な文体を紡ぐ作家ならいくらでもいる。彼女はそうではない。まるでネット上のブログを読むように読みやすく、それでいて紛れもなく文学なのだ。一瞬、こんな文章なら自分も書けるかも、と思ってしまう。すぐに、彼女の文章の途方もないオリジナリティと文学性に気づく。

 『いちばんここに似合う人』は短編集だ。どの作品にも共通するテーマは、性と孤独だ。まさしく現代的であり、アメリカ的であり、女性的であるジュライの文章は、しかしアメリカ人でも女性でもないわたしのもとに、確かに届く。胸を打つ。現代の海外文学に興味がある人は、まず本書を手に取ってみることを勧める。



第5位 『モレルの発明』 アドルフォ・ビオイ=カサーレス

清水徹,牛島信明 訳

画像11

フォスティーヌはわざとらしくゆっくりと歩いていた。彼女の大柄な肢体、長すぎる脚、白痴的な肉感性に、私はあやうく心の平静を失うところだった。

 本作の書評でまず付き纏うフレーズがある。『完璧な小説』というあまりに尊大なフレーズ。これはガイブン界隈イチの愛されキャラにして伝説の作家、J.L.ボルヘスがこの小説の序文に書いた言葉だ。「あのボルヘスがそんなに推すなら…」と、半信半疑で読み始める。そして本書を閉じる頃には、ボルヘスの言った通りだと納得する。少なくともわたしはそうだった。

 前半は不安定な語りが続く。無人島に漂着した男の怪しい手記。100ページ辺りで、事態は急転直下、頭の中が「!?!?」で満たされる。そして、やられた、と思う。

 本書が完璧な小説である所以は、文学がこれまで何百何千年もかけて追求してきた「自分とは何か」「他者とは何か」という根源的な問題に対して、いとも鮮やかに1つの答えを提示してしまったところにあると思う。この小説を読んだら、読む前に当たり前だと認識していた世界には二度と戻れない。あなたはいつまでそちらの世界にいるつもりなのか?



第4位 『さらば、シェヘラザード』 ドナルド・E・ウェストレイク

矢口誠 訳

画像12

いま二十三ページ目。こいつは馬鹿げてる。もう四時二十五分で、午後じゅうずっとここにすわってタイプしてたっていうのに、なにも仕上がっちゃいない。こいつはポルノ小説じゃない。それどころか、なんでもない。ただのクソだ。

 全世界の、それが広過ぎるならばさめて、全国の、メタフィクション好きよ集まれ。やっぱり集まらなくていいからこれを読め。あなたがたが愛するメタ要素がこれでもかと詰め込まれている。メタメタメタ…メタフィクションだ。

 本書にはなんとページ番号が上と下に2つある。上の番号は主人公の書く、今週が締め切り期限のポルノ小説の下書きのページ番号だ。25ページ書ければ1章分が完成する。しかし男は余計なことばかり書いて、何度も何度もページ番号は1へと戻る。

 シェヘラザードとは言うまでもなく、物語ることで自分の寿命を先延ばし続ける『一千一夜物語』のヒロインの名だ。『さらば、シェヘラザード』。この前代未聞のメタフィクションに相応しいタイトルだと思う。


第3位 『オン・ザ・ロード』 ジャック・ケルアック

青山南 訳

画像13

ぼくにとってかけがえのない人間とは、なによりも狂ったやつら、狂ったように生き、狂ったようにしゃべり、狂ったように救われたがっている、なんでも欲しがるやつら、あくびはぜったいしない、ありふれたことは言わない、燃えて燃えて燃えて、あざやかな黄色の乱玉の花火のごとく、爆発するとクモのように星々のあいだに広がり、真ん中でポッと青く光って、みんなに「ああ!」と溜め息をつかせる、そんなやつらなのだ。

 いま読んでよかった、と思った。大人になってからでは楽しめない。これはまさに若者のバイブル、永遠の青春の必読書だ。

 若さとはなんだろうか。本書の答えは「動き続けること」だ。主人公と狂ったその相棒ディーンは、全長何千キロにも及ぶアメリカ大陸を、東から西へ移動する。それも何度も何度も。何のために移動するのか?答えはない。なんとなく、でも世界の端っこに行けば、何かがある。何かが起こる。何かが変わる。何の根拠もないのに、そう信じて。

 わたしは彼らの気持ちが痛いほど分かる。実際、今年の夏は伊豆半島の南端、房総半島の東端、紀伊半島の南端にひとりで行った。何のために?なんとなくである。何か確固たる目的がないと動けないのは大人だ。移動自体に意味を見出すこと。彼らと共にアメリカを何往復もした体験は、たしかに自分の中に残っている。具体的にどんなシーンが印象に残ったか?何もない。すべては路上に、あの目が眩むほどのスピードの上に、置いてきた。


第2位 『最初の悪い男』 ミランダ・ジュライ

岸本佐知子 訳

画像14

こういう感じのものをずっと見たかったんだ、と彼は言った。ぼくにとっていちばん大事なことはまちがいなくこれだよ、こういうことをぼくは人生の中心に据えたい。虹を?虹と、虹みたいなものぜんぶ。虹に似たものなんてないのよ。虹に仲間はいないの。虹みたいなものは、この世に虹しかいないの。

 ミランダ・ジュライ2冊目である。今年出版された初の長編である本作は、進化を続ける彼女の間違いなく暫定的最高傑作だった。

 読みやすい。どんどん読める。しかし、何かが明らかに狂っているのだ。それに気付くころには、もうジュライの紡ぐ衝撃的なストーリーから逃げられない。

 一人暮らしの主人公シェリルの静かで調和のとれた生活は、巨乳で美人で不遜な若者クリーの居候によって一変する。あらすじだけなら「それなんてラノベ?」だ。ラノベと違うのは主人公が中年女性だということ。「やった!歳の差百合モノだ!」・・・それに釣られるのならどうぞお読みなさい。現代文学の最先端にボコボコにされても知らないが。

 わたしにとってとても大切な作品になったが、自分が女性でないことが悔やまれる。女性が本書を読んだら、更に多くのことを考え、大きな衝撃を受けるのだろう。


第1位 『夜明け前のセレスティーノ』 レイナルド・アレナス

安藤哲行 訳

画像15

「人でなし!」とぼくのかあちゃんは言い、ぼくの頭に石をぶつける。「かわいそうに、トカゲたちはそっとしておくの!」ぼくの頭はふたつに割れ、片方は駆けだした。もう片方はぼくのかあちゃんの前にいる。踊ってる。踊ってる。踊ってる。

 これまで読んだきた小説はいったいなんだったのだろう。自分の小説観を根本的に、不可逆的にひっくり返してしまう作品がある。一生に数冊、出会えるかどうかという割合で。

 キューバ出身の亡命作家レイナルド・アレナスによる『夜明け前のセレスティーノ』は間違いなくそんな作品だ。この本がまばゆいばかりに放つ圧倒的なエネルギーに、わたしはただ貫かれ、読み終えるとただ口をあんぐり開けて、茫然自失していた。

 不条理文学というものがある。ただし自分には、朝起きたら節足動物になっていようが、太陽が眩しくて人殺しをしようが、そんなの大した不条理ではないと感じられ、満足していなかった。

 そこで本書である。これの凄いのは、あくまで不条理文学ではないつもりなのに、結果的に世のどんな不条理文学よりも突き抜けていることだ。

 爺ちゃんも婆ちゃんも母さんも、ひたすら自分を殺そうとする。実際殺し合いのうちによく誰かが死ぬ。次の行では何事も無かったように登場する。

 母さんが僕の部屋を出ていく。次に起こることとして考えられるのは、また母さんが部屋に入ってくるとか、僕も部屋を出ていくとかだろう。この本では、部屋を出たあとに、同じ人物が部屋を出ていく。意味が分からない。でも、だからこそ、翻弄されるのが面白い。

 有名な「アチャス」のシーンなんて、視覚的に強烈な印象を残す。これが文学だ、小説だ、物語だ、と、ひたすら訴えてくる、白色矮星のような本がここにある。



<まとめ>

 以上が2018年下半期の日本文学ベスト5、海外文学ベスト10である。

 今年の年間ベストとしては、日本文学では『大きな鳥にさらわれないようよう』、海外文学では『夜明け前のセレスティーノ』と共に下半期の1位を挙げたい。もちろん、上半期の『わたしを離さないで』『百年泥』もすばらしかった。(本単位で選ぶので、川端の短編「片腕」は除外)

 今年読んだ小説系の本を数えたところ、だいたい60冊ほどだった。年間50冊を一応の目安というか目標にしていたので、割と頑張ったほうだと思う。来年も50冊を目安に、さまざまな長篇に挑戦していきたい。


今年読んだ本リスト>

2018年に読んだ本を、手帳にメモっていた限り書き出しました。文芸評論など、小説以外の本も少し含んでいます。(漫画は除く)読み終えた順です。

タイトル 著者 好き度(☆5段階評価)
出発は遂に訪れず 島尾敏雄 3
一千一秒物語 稲垣足穂 4
チョコレット 稲垣足穂 3
白い人 遠藤周作 3
シュルレアリスムとは何か 巖谷 國士 4
ジョージが射殺した猪 又吉栄喜 1
不思議の国のアリス ルイス・キャロル 3
豚の報い 又吉栄喜 1
銀河鉄道の夜 宮沢賢治 3
柔らかい月 イタロ・カルヴィーノ 4
天体嗜好性 稲垣足穂 2
ウェイクフィールド ナサニエル・ホーソーン 4
西瓜糖の日々 リチャード・ブローティガン 4
月と六ペンス サマセット・モーム 4
ボール箱 半村良 2
人生を狂わす名著50 三宅香帆 5
V トマス・ピンチョン 4
アッシャー家の崩壊 エドガー・アラン・ポー 3
ぼくたち負け組クラブ アンドリュー・クレメンツ 3
わたしを離さないで カズオ・イシグロ 5
黒猫 エドガー・アラン・ポー 2
あばばばば 芥川龍之介 2
トロッコ 芥川龍之介 2
コンビニ人間 村田沙耶香 3
シカゴ育ち スチュアート・ダイベック 4
クローディアの秘密 カニグズバーグ 5
数学ガール ポアンカレ予想 結城浩 5
華氏451度 レイ・ブラッドベリ 4
残像に口紅を 筒井康隆 2
もしもし ニコルソン・ベイカー 5
スティル・ライフ 池澤夏樹 3
メールストロムの旋渦 エドガー・アラン・ポー 3
ヤー・チャイカ 池澤夏樹 3
猿ヶ島 太宰治 2
地下鉄のザジ レーモン・クノー 3
レクイエム アントニオ・タブッキ 3
犬婿入り 多和田葉子 3
神様・神様2011 川上弘美 2
三月の毛糸 川上未映子 2
ペルソナ 多和田葉子 2
数学ガール 乱択アルゴリズム 結城浩 5
ナイン・ストーリーズ J.D.サリンジャー 4
ヴィヨンの妻 太宰治 3
片腕 川端康成 5
夏への扉 ロバート・ハインライン 3
ゴドーを待ちながら サミュエル・ベケット 4
人間失格 太宰治 2
魚籃観音記 筒井康隆 4
鼻 ゴーゴリ 2
外套 ゴーゴリ 3
日没閉門 内田百閒 1
車のいろは空のいろ(1) 白いぼうし あまんきみこ 4
遊戯の終わり フリオ・コルタサル 3
悲しみよこんにちは フランソワーズ・サガン 4
百年泥 石井遊佳 5
世界中が夕焼け 山田航・穂村弘 3
時をかける少女 筒井康隆 1
ノスタルジア 恩田陸 3
いちばんここに似合う人 ミランダ・ジュライ 4
六番目の小夜子 恩田陸 5
図書館の海 恩田陸 2
美しい顔 北条裕子 4
おおきな鳥にさらわれないよう 川上弘美 5
雪の練習生(1章) 多和田葉子 3
はじめての文学 川上弘美 川上弘美 3
インド夜想曲 アントニオ・タブッキ 4
数学ガールの秘密ノート 積分を見つめて 結城浩 4
郵便少年 森見登美彦 3
斜陽 太宰治 3
志学数学 伊原康隆 4
眠れる美女 川端康成 4
数学ガール 結城浩 5
雪国 川端康成 3
ペドロ・パラモ フワン・ルルフォ 3
みずうみ レイ・ブラッドベリ 4
ペンギン・ハイウェイ 森見登美彦 3
君の話 三秋縋 1
スペードの女王 プーシキン 2
イリヤの空、UFOの夏(1)~(4) 秋山瑞人 4
ジョン・ハウエルへの指示 フリオ・コルタサル 3
ベールキン物語 プーシキン 3
万里の長城 フランツ・カフカ 2
蛇を踏む 川上弘美 2
停電の夜に(短編) ジュンパ・ラヒリ 2
さらば、ヘェヘラザード ドナルド.E.ウェストレイク 4
「私」をつくる 近代小説の試み 安藤宏 4
奇妙な仕事 大江健三郎 2
死者の奢り 大江健三郎 2
飼育 大江健三郎 2
数学ガール フェルマーの最終定理 結城浩 5
追い求める男 フリオ・コルタサル 4
セブンティーン 大江健三郎 2
伝奇集 ホルヘ・ルイス・ボルヘス 3
夜明け前のセレスティーノ レイナルド・アレナス 5
『夜の姉妹団』 柴田元幸(編訳) 4
ハムレット ウィリアム・シェイクスピア 4
中二階 ニコルソン・ベイカー 4
好き好き大好き超愛してる。 舞城王太郎 2
最初の悪い男 ミランダ・ジュライ 4
あまりにも騒がしい孤独 ボフミル・フラバル 3
さようなら、ギャングたち 高橋源一郎 3
ノーライフキング いとうせいこう 2
モレルの発明 アドルフォ・ビオイ=カサーレス 4
競売ナンバー49の叫び トマス・ピンチョン 3


《自分の文学note記事まとめ》
2017年日本文学ベスト
2017年海外文学ベスト
2018年上半期ベスト
・2018年ベスト(これ)
2019年上半期ベスト
2019年下半期ベスト


こちらのマガジンに本の感想をまとめています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?