黒の捜査線16~20
16 動き出した捜査線⑦
~整備室~
中は部屋一杯に色々な機械で埋め尽くされていた。鈍い機械音が響き、幾つものランプがあちこちで点灯していた。
「――あった……」
入り組んだ部屋の1番奥。こんな状況にも関わらず、一瞬懐かしいとさえ思ってしまった。
「爆弾確認しました」
「やっぱりね。黒野君、気を付けなさいよ。このままこの携帯を本部全体に繋いでもらうから待ってて」
「了解」
爆弾の構造まで同じなのか? 見た目は似ているけど。それに、もう当たり前だけど、また爆弾解除するんだよな俺。まぁこの日の為に最低限の知識入れて何度か練習もしたから前よりマシだろ。先に使えそうな物揃えておかねぇと。
現在、時刻10:58――。
爆破まで後1時間か。今の所かなり順調。これなら爆弾解除も焦らず出来る。
問題は、碧木がいるセントラルタワーと奴らの居場所。いくら爆弾を解除しても、結局奴らを見つけなければ終わり。また悲劇が繰り返される。それだけは絶対に阻止しないと。
頼むぜシン。水越さん。
俺は爆弾解除に使えそうな物を探しながら、もう1台の携帯で碧木に電話を掛けた。
――プルルルルッ……プルルルルッ……。
「はい。碧木です」
「お前何で中に入ったんだよ!」
開口一番、俺は大声でそう言った。
「すいません……」
「すいませんじゃねぇだろ。あれ程言ったよな、中に入るなって」
「反省しています。でももう入って閉じ込められたのでしょうがないです」
コイツ……。何で開き直ってんだよ。
「確かに今更言ってもしょうがないか。そっちに残された人達は大丈夫か?」
「はい。何とか。さっきの動画でパニック寸前でしたけど、何とか私と鈴木巡査で落ち着かせる事が出来ました」
鈴木巡査? さっき藍沢さんが言ってた碧木ともう1人の警官か。不幸と言うべきか幸いと言うべきか、お互いに1人よりは2人の方が何かと協力出来るだろう。起きた事はしょうがない。プラスに考えろ。
「そうか。何が起きてもいい様に気持ちの準備だけはしておけ」
「はい。分かりました」
「動画見たって事は、そっちにもやっぱ爆弾仕掛けられてるのか?」
「丁度今確認しに来た所です」
碧木が中に入ったと聞いた時はつい同様しちまったが結果オーライとしよう。俺と同じでソサエティを追っていただけあって迷いがねぇ。ある意味適役かもしれないな。
「黒野さん。爆弾確認しました……」
「絶対不用意に触るなよ」
「分かってます。黒野さんの方にもあったんですか?」
「ああ。思い出の品を見てる気分だ。爆破予告された時間までまだ1時間近くある。今のうちにドライバーとかハサミとかカッターとか、使えそうなの用意しとけよ」
「分かりました」
本当に肝っ玉が据わってるな。俺の時と全然違うもんな。
「――至急、至急! こちら本部長の服部だ。黒野刑事、碧木刑事、聞こえているか?」
繋いでいた携帯。本部から連絡がきた。
「こちら黒野。聞こえます」
「こちら碧木。大丈夫です」
「よし。2人共、先ずは迅速な対応に感謝する。君達のお陰で被害は最小限だ。本部でも既に準備を整えている。6年前の悲劇を絶対に繰り返してはならない! 今回こそ確実に奴らを捉える!
今爆発物処理班がこちらに向かっている。前回同様、携帯はそのまま繋いでおいてくれ。そちらの状況はどうかね? 簡潔に教えてくれ」
「はい。こちらシティホテルですが、取り残されたのは私を除いて5名。前と同じでエレベーターは使えず、非常階段は降りられますが下の階は鍵が掛かっています。取り敢えず1階まで下りる事は出来ると思いますが、奴らが監視している以上下手に動くのは危険かと。ちなみに、既にパソコンに表示された場所にて爆弾を確認しました」
俺は一通りの状況を説明した。やはり前回と比べて、遥かに俺達警察の動きは迅速になっている。幾分か余裕もあるが、やはりまだ主導権は奴ら。同じ轍を踏まない為にも、どこかで奴らより1歩先に動かなければ。ただ、今は中からも外からも無理に動かない方が賢明だ。時間はある。
「こちら碧木です。私達がいるのはセントラルタワーの最上階。残されたのは私と鈴木巡査を除き、全部で17名。
全員このフロアに入っている会社で働く従業員との事です。黒野さんと同じく、エレベーターは明かりが消えており、出入口の扉が閉まっています。ソサエティが出した地図通り、非常階段から向かった2つ下のフロアにて爆弾を確認。そこまでの道のりで一応扉を確認しましたが、どこも閉まっていました」
怖いぐらい6年前と同じ。ただし今回は覚悟も経験値もあの時とは全く違う。待ってろソサエティ。
「報告ご苦労! たった今、爆発物処理班が到着した。直ぐに代わる。君達は一旦残された市民の様子を確認してくれ。パニックにならぬ様、落ち着いて状況を説明するんだ」
本部長の指示に従い、俺と碧木は皆の様子を伺いつつ、これから爆弾解除を行う事を伝えた。
皆の表情はとても困惑している。無理もないが、俺に今出来る事は、大丈夫だから安心してほしいと再度ゆっくり丁寧に伝える事のみ。何とか皆に納得してもらい。俺は再び爆弾のある部屋へと戻った。
そして何故だろう……。
また6年前と同じ様に、ずっと体の奥の方でモヤモヤが残っているのは。
あの時も同じだった。
感覚的なものだから何と言えばいいか分からない。良くも悪くも、直感の“余韻”とでも言えばいいのだろうか。いつもならこの直感が当たったと同時にスッキリ消えているのに、あの時はそれが無かった。
ビルの中で確かに嫌な予感がした。
でも、それは爆弾を解除した後も、最後の黒と白のコードを選んだ後も、ランドタワーが爆破された後も……何故だか“何かがまだ続いてる”様なモヤモヤした感覚が残ったままだったんだ。
奴らを捕まえられなかったから……?
今度もまた逃げられるという予兆なのか……?
そんな事は絶対にさせない。
あの時、最後に一真が俺に託したんだ――。
何が何でも、俺の命と引き換えてでも、今回こそお前らを捕まえて、このモヤモヤと一真の無念を晴らしてやる。
絶対逃がさねぇからな。
17 動き出した捜査線⑧
「――黒野刑事、碧木刑事、聞こえるか?」
本部長から指示を受けた数分後、爆弾のある部屋へと着いたほぼ同時に、本部と繋がっている携帯から声が聞こえてきた。
今度は本部長ではなく別の人の声。
「“山本さん”」
「久しぶりだな黒野君」
そう。
声の主は爆発物処理班の山本さんだった。
あの日から俺は、この日がいつ来てもいいようにと何度か山本さんに指導を仰いでもらっていた。
爆発物の知識から処理の仕方まで。自分が出来る限りの事は何でもした。
「ご無沙汰してます」
「いつかこの日がと、ずっと思っていたが……遂に来た様だな。私も6年前の事を1度たりとも忘れた事はない。必ず爆弾は解除してみせる。白石君の為にも、今日こそ奴らを捕まえるぞ」
「はい!」
「碧木刑事も必ず私が助ける。今日初めて会うが、是非私を信用してほしい」
「いえ、こちらこそ宜しくお願い致します! 黒野さんからも当時のお話を伺っております。山本さんが来てくれてとても心強いです。“親子共々”ご迷惑をお掛けますが、お願い致します!」
「親子共々……」
そうか。まだ山本さんは碧木の事を知らなかった。
「山本さん。実はそいつ、6年前に一真と最後まで一緒にいたあの女性の娘なんです」
「――⁉」
そりゃ驚くよな。俺も初めてそれ聞いた時はビックリしたし。しかも山本さんからしたら、時を経て親子が現れたと同時に、またこんな爆弾事件に巻き込まれてるのを目の当たりにしてるんだからな。無理もない。
確率にしたらきっと物凄い天文学的な数字だろ。碧木にしても山本さんにしても。
「そうか……。まさかこんな偶然が起こるとは驚いた……。碧木刑事。今更謝った所で何も変わらないが、君のお母さんを救えなくて本当に申し訳なかった」
「いえ! そんな、やめて下さい! 山本さんのせいではないですから。悪いのは全部ソサエティです」
碧木の言う事が正論だ。だが、当時の爆弾処理に関わった山本さんは、どこかで負い目を感じているのだろう。誰も何も悪くない。俺達警察や事件に巻き込まれた人達が、そんな事を感じる必要は一切ない筈。なのに、あの日から今日まで、そしてこれから先もずっと、大勢を苦しめている全ての元凶はお前達なんだよ。ソサエティ。
「山本さん。こっちは何時でも解除始められますよ」
「私もです。一通り工具借りてきました」
俺と碧木がそう言うと、山本さんは力強く頷き、俺達に指示を始めた。
「よし。流石だな。爆破予定まで時間は50分近くある。早速解除を始めよう。先ずは順番に爆弾の全体を映してくれ」
こうして、俺達の爆弾解除が始まったのだった――。
♢♦♢
「――そうしたら、次は隣にある緑のコードを切ってくれ」
「これですね」
――パチンッ……。
爆弾解除から10分。何度かこなした練習のお陰で嫌な汗も掻かずここまで順調そのもの。前は時間が永遠にも感じられた。流石の碧木も声から緊張感が伺えた。
「碧木、大丈夫か? 後少しだぞ」
「はい……大丈夫です。経験しているからって先輩風吹かせないで下さい」
全く、可愛げがない後輩だ。その度胸だけは買うけどな。
「ハハハハ。頼もしい後輩を持ったな黒野君。確かに碧木刑事の方が黒野君の時よりスムーズだ」
「勘弁して下さいよ山本さんまで」
まぁ碧木が大丈夫ならそれに越した事はない。いつもの口調が出るなら問題ないだろう。逆にそんな余裕も無い方が心配になる。それにしても、本当に大したメンタルだよ。
「よし。黒野君も碧木刑事も順調だ。残り3分の1もないし、タイムリミットまで30分以上ある。一呼吸置いて大丈夫だよ」
口ではああは言っていたが、山本さんがそう言うと同時に、電話越しから碧木の深い溜息が聞こえてきた。
やっぱりアイツも緊張ぐらいするんだな。少し安心したぜ。
「少しだけ雑談でも交えようか。差支えが無ければ教えてもらいたいが、碧木刑事は何故警察に入ろうと思ったんだい?」
「私は……1番はやはり6年前のこの事件です。母が爆破に巻き込まれ、その後重体で病院に運ばれました。当時、まだ学生だった私と弟は、父と一緒に急いで病院に向かいましたが、少しして亡くなりました。
その時はただただ悲しくて、暫く抜け殻の様な日々を送っていましたが、丁度自分の進路を決めなければいけない時期で、特にやりたい事も決まっていなかった私は、ふと母と最期に交わした会話を思い出したんです」
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< 明日香……、人生はいつ何が起こるか分からない。だけど、この先のあなたの人生で……あの若い刑事さんの様に、人を思える、強くて優しい人間になってほしいわ……。皆とはいかないけれど、せめて、自分にとって大切だと思える人達だけは……あなたが助けられる所にいる人だけは……手を差し伸べてあげてほしい。そんな強くて優しい人間になってね……明日香……>
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いつの間にか、一滴の涙が俺の頬を伝っていた――。
18 動き出した捜査線・最終ゲーム①
一真……。
碧木の話に、俺は自然と一真の事を思い出していた。
警察学校で出会った時から最後を見送るまで――。
今思い返してもつい昨日の事の様に思える。
あの時、お前に黒のコードか白のコードか聞かれた俺は、いつもの直感で黒だと思ったんだ。黒を切ればお前が助かると思って。
なのに、「分かった」とか言いながら、お前は“白のコード”を切ってたな。
もし一真が生きていたら笑いながら言われそうだ。
「お前の考えていた事なんてお見通しだっつうの」
ズルいだろ。俺に聞いときながらお前はよ……。
俺が黒を切れって言ったのは、お前だけでも助けたいと思ったから。だけどお前の方が一枚上手だったよ。それを見越して俺の直感に頼った挙句、黒じゃなくて白のコードを切ったんだからな。
こんな事言ったらアレだけど、もしそれで結果が逆だったらお前はどうしてたんだよ?
その答えは簡単。
一真、お前の事だからきっと責任感じて自分を責めまくるだろうな。そして下手すりゃ抜け殻のまま警察を辞めちまう。お前は優しくて意外と繊細だからな。責任感も人一倍強いし、周りを見る冷静さもある。
勘違いはしないでほしい。俺だって未だに自分を責めているし、どうしようもない虚無感にも襲われてる。最後にお前が、奴らを捕まえてくれなんて言わなければとっくに辞めていたかもしれない。だが、そこはお前と違って、俺のムキになる性格が功を奏したのかも知れないな。皮肉にも、ソサエティの存在が俺の背中を押した。
奴らを捕まえて、俺の大嫌いな報告書をお前の墓に備えてやるよ。
その時は報告書が大好きになっているなきっと。何て言ったって、そこにはソサエティを捕まえた事実を記しているからな――。
待ってろよ一真。
「――よし。それじゃあそろそろ解除を再開しようか。準備はいいかい? 黒野君、碧木刑事」
一気に色んな事を思い返してた。そして山本さんの声でハッと現実に引き戻された。
人は死が近くなると浸りやすいのだろうか。
縁起でもない事を考える前に、目の前の事に集中しろ。
「俺は何時でも大丈夫です」
「私もです」
「分かった。それじゃあ始めよう。もう直ぐ終わりだ。集中していこう」
俺達は再び道具を手にし、山本さんの指示の元、解除を進めていった。
そして5分後――。
「――次が最後だ。残った赤のコードを切ってくれ。それで“一旦”終わりの筈だ」
山本さんにそう言われ、俺と碧木は残る赤のコードを切った。
――パチン……。
「……止まった」
最後のコードを切り、俺の前にある爆弾のカウントダウンが止まった。
という事は……。
「赤のコードを切りましたが……まだカウントダウンが止まりません──」
電話からそう碧木の声がしてきた。
チッ。やっぱりそうなったか。
こっちがそうなる事を祈っていたんだがダメだったか。クソ。俺がセントラルタワーに行っていれば……。
「やはりそうきたかソサエティ。大丈夫、まだ時間に余裕はある。碧木刑事! 慎重に爆弾を確認してみてくれ。どこか開きそうな場所はないか?」
「確認してみます」
――ビビッー!ビビッー!ビビッー!ビビッー!ビビッー!
また警報音が鳴り響いた。
来たか。
ここが正念場だぞ。シン達はまだ奴らの居場所を特定出来ないか……?
「また奴らだ。動画が流れる。碧木刑事は焦らず爆弾の確認を続けて。動画の後にパニックが起きない様、黒野君は一旦皆の所に戻った方がいいだろう。そこにいる鈴木巡査にもこちらから今直ぐ連絡を入れる」
その数秒後、動画が流れ始めた。
『――勇敢なる正義の警察諸君。そして、選ばれし市民達よ。今回もどうやら警察が爆弾の解除に成功した様だな。
まぁここで爆破を起こされても盛り上がりに欠ける。
と言っても、久々のゲームはやはり面白い。非常に楽しませてもらっている。だからこそ、ここから最後にもう一賑わいと行こうか皆の者。
最終ゲームのルールもやはり6年前と同じ。
シティホテルもセントラルタワーも、ただ爆弾を解除しただけでは終わらない。
今回はセントラルタワー。そちらには最後、黒と白のコードが残っている。そのどちらかを切れば爆弾は解除だ。
但し、それは勿論どちらか一方。
黒か白のコードを切れば確実にどちらかは爆破する。セントラルタワーにいる女刑事よ。貴様の手に人質達の命が懸かっている。どちらを殺してどちらが生き残るか貴様が選べ。
今回は大分優秀だな。《《前に死んだ刑事》》と違って残り時間が20分近くもあるじゃないか。
良かったな。楽しめる時間がそれだけ長い。まぁ精々最後まで楽しませてくれ。
ハァァァハッハッハッハッ!!』
動画はそこで終わった。
人が人を殺す時の状況は、恐らく突発的な感情か蓄積された憎悪。
俺は今間違いなくその2つの感情がぐちゃぐちゃに混ざっている。目の前にいたら必ず殺しているだろう。何の迷いもなくただ奴らに銃を向けて――。
そんな事をしても勿論何の意味もない。恨みや憎しみはまたそれを繰り返すだけ。最も無意味な行為の繰り返しだ。それを分かっていながらも、人はその感情を消化出来なかった時に罪が起きてしまう。
人を殺す事に正当な理由も動機もあってはならない。
仮に起こった事件全てに理由があったとしても、それは到底俺には理解出来ない。
そう思っていた。
どんな理由が動機があろうと、命を奪う権利は誰にもないのだから。
頭ではしっかり分かっているよそんな事。
でも、それと同時に今だけは“こう”も思う。
そんなのは綺麗事。
俺の手で奴らを捕まえて確実に息の根を止めてやる――。
19 動き出した捜査線・最終ゲーム②
「――ありました」
繋いでいる携帯から碧木の声が聞こえた。
「見せてくれ……確かに、そこが開きそうだな。ゆっくり慎重に開けてみてくれ」
「分かりました」
目の前で起きている爆弾解除。それを行う2人の何気ない会話を聞き、俺の体に沸き上がっていた殺意が徐々に収まっていった。
自分でも分からない。
もし実際に奴らと対面した時、俺はどうするんだろう。
「奴らの言う通りか」
「“黒と白のコード”……」
その声を聞き、俺は携帯の画面を見た。
碧木の爆弾が映し出されている画面には、確かにあの時と同じ、黒と白のコードが映っていた。
「まだそのまま触らない様に」
「はい」
「やはり最後にコードが残っていたか……。しかもあの時と全く同じ爆弾の構造だ。奥に付けられたセンサーが光っている。まだ爆弾が“起動”している証拠だ。黒野君の方の爆弾と遠隔で繋がっているだろう」
残り20分。
もうこの爆弾を止められる方法は1つしかない。
俺は自分の携帯でシンに電話を掛けた。
「――そっちはどうだ?」
「あと少し……あと少しで突破出来そうなんだが……」
「黄瀬君。こうなったら最後の手段に出よう」
電話の向こうで水越さんの声も聞こえた。
何だ? 最後の手段って。
「千歳聞こえたか? もう時間がない。奴らの居場所を完全に特定したわけではないが、現状怪しいサーバーを幾つか見つけてある。そしてもうその近くにSATが待機しているが、計画的な奴らの事となると本体以外はフェイクという可能性も十分に考えられる。もし外れを引いたら間違いなく奴らに気付かれるし、最悪爆弾が仕掛けられているとも考えるべきだ」
成程な。そりゃシンの言う事に一理ある。用意周到なソサエティなら可能性は十分だ。
「確かにな。で、水越さんの言った最後の手段って?」
「ああ。さっきからずっと奴らのサーバーに潜り込もうとしているんだが、向こうに中々厄介な奴がいるらしくてな。後一歩の所で交わされちまう。残り時間もないから、水越さんがウイルスを送り込む」
「それはつまり……?」
「このウイルスを送り込めば、奴らの居場所が特定出来る。その代わり、こっちが居場所を特定した事も奴らに気付かれる。だが特定した瞬間にこちらからSATに合図を出してもらえば、フェイクに危険を冒す事無くそのまま奴らを捕まえられるだろう」
「そう言う事か。勿論万が一の可能性もあるが……それしか手は残ってねぇみたいだな。今すぐ本部長に伝えてくれ。どの道最終的な判断は俺達じゃ出来ない」
「分かった。水越さんと本部長に伝えに行く」
「絶対逃がすなよ」
「当り前だ」
最終ジャッジは本部に従うしかない。だが現状、これ以上に取れる策はないと思う。どの道何も出来ないままじゃ終了だし、6年前と違って奴らの背中を捉えているんだ。ここで勝負かけるしねぇだろ。
シンと水越さんが本部に伝えたのか、山本さんと代わって本部長が画面に映った。
「黒野刑事、碧木刑事。爆弾解除ご苦労。取り残された人達も大丈夫か?」
「はい。問題ありません」
「こちらも大丈夫です」
「そうか、分かった。少し前に、サイバーテロ課から怪しい動きをしているサーバーがあると聞き、既にその周辺にSATを配備している。そしてもう残り時間が少ない。こちらでも今サイバーテロ課から最後の案を受け検討した結果、これから奴らの元にSATを送り込む!
今回こそソサエティを捕まえ、君達も人質も必ず救い出すからな!」
「「了解」」
奴らとのくだらないゲームもいよいよ大詰め。待ってろよソサエティ。
<――こちら準備出来ました。何時でも動けます>
本部にSATからの無線も入り、奴らを捉えるべく、警察総動員で確保態勢に入った。
「よし、サイバーテロ課! ウイルスを送り込め!」
「行くぞ黄瀬君」
「はい!」
本部長の合図でシンと水越さんが動いた様だ。
そして、“その時”は思ったよりも早かった。
「――見つけた……奴らの居場所を特定しました! 場所は鶴矢町《つるやちょう》46の9番地! 使われていない工場跡地です!」
本部中に響く様な大声でシンが言った。
それを聞いた本部長も直ぐに動き、瞬く間にSATへと指示を入れる。
「聞こえたか! 奴らの居場所を特定した! 場所は鶴矢町46の9番地の工場跡! 中にいる者は一先ず全員確保!周りも完全に包囲して鼠1匹逃がすな! そこ以外で待機していた班も至急鶴矢町へ向かうんだ! 突入!!」
<了解。突入だ!>
本部長の合図で遂にSATに突入命令が下った。
SATの無線がこっちにも聞こえてくる。
複数の足早な音が響き、ヘルメットや服や持っている銃が当たり、静かにカチャカチャと鳴る音も聞こえてくる。
<こちら配置に着きました>
<裏口もOKです>
<よし、行くぞ…………突入!!>
その合図で、無線から聞こえてくる音が一気に騒がしくなった。
――ガガンッ……!
<――“全員動くな”!>
<床に伏せろ!>
本部には、SATからのカメラで映像も見られているだろうが、流石に俺の携帯からではそこまで確認出来ない。だが、確実に声だけは聞こえた。“全員動くな”と。
いたのだ――。
奴らがそこに――。
それだけは俺にも確実に分かった――。
20 動き出した捜査線・最終ゲーム③
<下へ伏せろ!>
<抵抗するんじゃない!>
<犯人と思われる人物達を確保!>
<こちら逃亡者なし>
<2階も無人です>
<こちら正面入り口も異常なし>
<了解。こちらSATより本部に連絡。たった今工場で確認した犯人と思われる人物3名“全て”確保! 全員動画と似た服装をしており、犯行に使用したとみられるマスクやパソコンも確認>
一瞬の出来事だった。
現場にSATが突入して僅か数十秒。ずっと追ってきた奴らソサエティを遂に捕まえた。結末は意外とあっけない。現実の物語は意外とそんなものなのだろうか。
本部で見ていた皆も喜んでいるのだろう。電話越しから多くの声が聞こえてくる。
だがまだ終わりではない――。
湧いた歓喜を一刀両断するかの如く、本部長が無線でSATに応答した。
「よくやった。 そのまま奴らに爆弾を停止させるんだ」
<了解>
本部長のその一言で、俺はやっと少し力が抜けた気がした。
捕まえるのが前提であったが、それで終わりではない。更に重要なのはこの爆弾を止める事だからな。でも、このまま何とかなりそうだ。6年間ずっと追っていた奴らを遂に捕まえた。
まだ全然実感が湧かないな。
奴らを実際に見ていないし、突入と確保の声しか聞こえていない。向こうが一体どうなっているのか分からないが、兎に角ソサエティを捕まえた。それだけは確かだ。
それなのに。
この妙な違和感が抜けないのは何故だ――。
まだ実感が無いとはいえ、ずっと追ってきた奴らをとうとう捕まえたのに。
何故一向に“終わった気がしない”んだ……?
俺のそんな疑問を氷解したのは、他の誰でもない、奴らだった。
<……ハァァァハッハッハッ!……おい、貴様! 勝手に動くな!>
<早く爆弾を止めろ。 それ以外不審な動きをするんじゃない>
突如無線からあの不愉快な笑い声が聞こえてきた。
奴の笑い声を聞いた時、俺の心臓が一瞬高鳴った気がした。そしてそれは間違いなく良いものではない。
<さっさと爆弾を止めろ。……ハッハッハッ! それは出来ねぇ頼みだなぁ。……ふざけている場合じゃない。抵抗するならば命はないぞ。……抵抗じゃないさ。“本当に出来ない”から出来ないと正直に言っているんだ。こうしてお前達の言う通り下に這いつくばってな。……>
今奴らが言っている事を理解しようとすればする程、全身に悪寒を感じずにはいられない。
<どういう事だ貴様。無駄な抵抗はしない方が身のためだぞ。……貴様ら警察が何処まで把握しているのかは知らんが、我々ソサエティは《《これで全員ではない》》ぞ。……⁉ どういう事だ! まだ仲間がいるのか!>
やられた――。
確かにこっちは、奴らソサエティが“何人”いるか確証は無かった。だが事件の後の調査で、犯行は3人でほぼ確定していたんだ。
犯行声明やその後の動画で映っていたのも3人。事件当日からその1ヵ月前まで遡り、ビルで不審物を持って出入りしている奴を何とか監視カメラの録画で特定した。奴らはその監視カメラの録画にも偽造していたが、逆を言えばその偽造が外ならぬ、そこにいたという証拠にもなった。
追える範囲でビルやビル周辺の監視カメラの録画から割り出した、ソサエティと思われる奴らは全部で3人だった。ビルに入り込んだ奴が1人に車に乗っていた人物が2人。勿論その車は盗難車だった挙句、車を特定した頃にはもぬけの殻だった。だがその車も分析班が隅々まで調べた結果、人物を特定するまでの証拠は出なかったが、奴らは犯行の為によくその車を使っていたのか、運転席、助手席、そして後部座席の片方だけが使われた形跡が残っていたのだ。
色々な調査結果から奴らソサエティは3人組のテログループとして認識していた。
だがどうやら……いや。今この時点で、俺達警察が辿り着いていたその答えは間違っていた。
「まだ他に仲間がいるだと……」
本部長が覇気のない声でそう呟いたのが聞こえた。
「――シンッ! 残りのSATが待機していた場合は⁉ 逃げた奴はいないか!」
俺は気が付いたらそう叫んでいた。スピーカーにしている携帯から俺の声が本部中に響き渡った。
「至急確認するんだ! 鶴矢町に向かっていた班も直ちに戻れ! だが建物の中には決して入るんじゃないぞ!」
<了解>
その俺の声に反応した本部長も直ぐに指示を出した。もし奴らにまだ仲間がいるとしたらそこしか考えられない。
「千歳、聞こえるか?」
「ああ。どうなってる? まさか他の所に奴らの仲間が?」
「だがそれは考えにくいぞ。ウイルスを送った時に“何も反応が無かった”。もしそこにいたのなら、少なからず動きを見せる筈だ」
「じゃあ他の所にもいないのか? この期に及んでまだ奴らがくだらない嘘を付いてるってのか」
「それは分からん……「黄瀬君、やはり周辺のカメラにも怪しい奴は映っていない」
横にいる水越さんの声が聞こえてきた。
どうやら一足先に監視カメラを調べてくれていた様だ。
「水越さんそれ本当ですか?」
「ああ。SATが待機していた建物の出入口の監視カメラを見ているが、奴らの仲間が逃げるどころか“誰1人”として出入りしていない」
何だと……。どういう事だ。
やはり奴らが――。
そう思った瞬間、俺の心の声でも聞こえているのだろうか。無線から再び奴らの声が聞こえてきた。
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