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博士論文の書き方講座

2018年に古巣の研究室の院生に向けて「博士論文の書き方」というタイトルでプレゼンテーションをしました.このnoteでは,その内容をシェアしたいと思います.今回の内容は,長い文章を書く方にも示唆的かもしれません.


博士論文とはそもそも何か

まず,博士論文とは何か,何のために書くのかを明確にしなければいけません.

博士論文とはいったい何のために書くのでしょうか? その答えは「学位規定」にあります.みなさんは「学位規定」というものを読んだことはありますか? 学位規定には,どのようにして学位を授与するか,定められています.たとえば,私が博士号を取得した東北大学では「第5条 2 研究科長は、前項の学位論文を受理したときは、学位を授与できる者か否かについて、教授会又は研究科委員会(以下「教授会等」という。)の審査に付さなければならない。」という規定があります.

学位規定によれば,博士論文とは「学位授与の可否」を決める判断材料になります.では,その判断基準はなんでしょうか? 判断基準はディプロマ・ポリシーに書かれています.

ディプロマ・ポリシーによれば,以下のように書かれています.

東北大学大学院文学研究科博士後期3年の課程では、本課程の修学を通じて、それぞれの専門分野の研究において独創的な研究を自立して遂行できる十分な知識と技能を身につけ、現に卓越した研究成果を挙げると同時に、人文学・社会科学全体についての広い見識と国際的に知的発信のできる積極性を持ち、研究者あるいは高度専門職業人として人類社会の福利の増進に貢献できる人に対して、博士の学位を授与する。(太字は引用者)

ここでのポイントは,以上の太字のポイントを示すような博論を書かねばならない,ということです.「独創的な研究」「卓越した研究成果」は,自らが新しい研究課題にアプローチでき,さらに成果を上げられることの証左として,論文を仕上げなければならないことを表しています.特に「自立して遂行できる」,すなわち研究者として自立できることを示さねばなりません.「人類社会の福利の増進に貢献」とは,自分の研究がどのように貢献しているか,発信することが求められています.

まとめると,博士論文は次のような意味合いを持ちます.
 ・学位(博士号)を授与する判断基準
 ・新しい研究成果を多分に含み,その成果を発信している証
 ・研究者として自立できる「免許証」のような役割を持つ

博士論文における読者とは誰か

文章を書く上で最も重要なことは,読者に配慮することだ,という話を以前しました.

この原則は博士論文であっても同じです.しかし,博士論文における読者とは誰でしょうか? 2つの読者層が想定されます.第1の読者層は,審査教員です.自分の指導教員を含め,研究室や学科等,見知った教員が審査教員になることが多いです.この読者層は,目に見える具体的な読者です.まずは審査教員にわかってもらえるように,書いていく必要があります.

もう一つの読者層は,一般の人です.卒論,修論は審査教員だけで完結することが多いのですが,博論は違います.博士論文は何らかの形で公開されることが前提になっています.私の場合は,国会図書館に収められています.

このように,博士論文は後々に一般の人に読まれる可能性があります.だからと言ってゼロからすべて書け,というわけではありません.しかし,分野に詳しくない読者も理解できるように,一冊で完結する書き方をするとよいでしょう.すなわち,博士論文で参照される主要な知識が博士論文内に必ず書かれているようにするということです.

「一冊の本を書くように」という言明は一冊完結型であることと同時に,博士論文には読者を納得させるような,流れ・ストーリーラインが必要である,ということを意味します.この点について,もう少しお話しましょう.

博士論文の構成をどうすればよいか

たいてい,博論を書く段階では2~3編の論文(のタネ)があり,それらをどうつなげるか,を気にしているのだろうと思います.こういう場合,よくあるまとめ方は,3つの論文を無理やりまとめて"Three Essays on ……"というタイトルをつけて博論にする,という方法です.このような方法はよく海外の経済学系の博論に見られる傾向です.しかし,この形は「一冊完結型の流れのある本」という理想のアウトプットとはなじみません.

博士論文の構成については,以前に書いたnoteで実はたくさん話していました.細かい話はこちらをご覧ください.

具体的に私の博士論文の章立てから,どのような構成になっているか見てみましょう.

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私の博士論文は大きく3つのパートに分かれています.これはいわゆる序論・本論・結論の3段構えに対応しますし,話の広がり方としては,砂時計型にも対応します.

序論:地図を読者に提示する
第1章はイントロダクションであり,自分の博士論文がどういう社会的なトピックと結びついているかを提示します.社会的なニュースや政策と自分の研究との結びつきを示しています.同時に,自分がこの博論で何を明らかにしたいのか,リサーチクエスチョンを提示します.

第2章は学術的な関係性・位置づけを示す章です.第1章がどちらかというと,社会的な位置づけを示すパートだったのに対して,第2章はアカデミアにおける位置づけを示します.先行研究との対比によって,自分の研究のポイントを示します

いずれにしても,序論では読者に博士論文の地図を提示します.そうすることで,長い学術論文では,読者が迷子になるのを防ぐことができます.

本論:研究成果をつなげる
本論である第3~5章は,問いに対する「答え」を提示するパートになります.通常,博士論文ではこれまで執筆した論文をまとめることが多いと思います.本論においても,ただ論文を並べるだけでは「1冊の本」としてはまとまりが悪いままです.論文たちの間を文章でつながりがよくなるように文章を追加し,糊付けしていく必要があります.

また,博士論文は投稿論文と違って字数制限はありませんので,読者に確実に伝わるよう,説明を厚くしてもよいでしょう.

結論:ふりかえりと展望を述べる
結論は,これまでの議論を振り返り,これからの展望を述べる部分になります.博士論文は,まったく新しい研究成果をたくさん含んだ論文です.読者は読み終えたとはいえ,内容を理解するのに時間がかかります.その読者をサポートする意味でも,まずは議論を振り返って読者の頭を整理しましょう.

最後に,せっかくの新しい研究成果ですので,今後の研究に関する展望を述べましょう.未来のない研究は少し寂しいです.自分が行った研究の発展・応用,社会に対するインパクトを述べておくと,広がりが持ててよいでしょう.

何を,いつまでに,どこまで,どのように書けばよいか?

博士論文には計画的な研究・執筆が必要です.私の場合のスケジュールを紹介しましょう.基本的には,私の研究室の標準的なスケジュールにのっとっています.

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博士論文は,計画・研究・執筆の3つのフェーズに分けられます.当初はD3の時点で執筆に集中する計画でしたが,実際には論文投稿や国際学会報告の準備,そして新たな分析の必要性などが重なって,少しいろいろ後ろにずれこみました(下図参照).

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博士論文は何万字にもなります.急に徹夜して書けるものではありません.研究者になると,文章をたくさん書かねばなりません.博士課程のうちにコンスタントな執筆習慣を身に着けておくことが重要です.

書籍『できる研究者の論文生産術』でも紹介されている方法として「決まった時間に机に向かう」というものがあります.

村上春樹さんが採用している「チャンドラー方式」と似た方法になります.やり方は簡単で,決まった時間に何があろうとも机に向かう方法です.何か書くべきことがあれば,おのずと分析や執筆を進めることができるでしょう.

文章が書けない場合でも,とにかく書き進めていくことが重要です.最初からうまい文章を書く必要はありません.あとでまとめて推敲してしまえばよいのです.よい文章の書き方は以前から書いていますので,ぜひチェックしてみてください.

読者の理解を促すために,図表は多めにしましょう.文章で説明しづらいこと,一目で見てほしい一覧などは図表にまとめてしまいましょう.そうすれば,読者も理解しやすくなります.

図表もそうですが,読者の理解のためならば可能な限りの手を尽くしましょう.図表,箇条書き,推敲など,提出後,誰でも読める状態になる博士論文だからこそ,わかりやすさを重視してください

以上,博士論文の執筆の経験談と気づいたことをまとめました.参考にしてください.