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多様な視点を学ぶ重要性

私は大学で初年度教育の一部を担当しています.その授業の一番最初で「授業を通して学んでほしいこと」として「多様な視点の持つことの重要性」の話をしました.このnoteでも,その内容をシェアしたいと思います.

「浴びる遊び」と「探す遊び」

まずは,こちらの動画を見てください.

`見ていただいた動画は,サカナクションのヴォーカル・ギターの山口一郎さんのインタビュー動画です.

山口さんのインタビューは非常に示唆的な話がたくさんあるのですが,ここでは「自分が影響受けるものを自分で決めない方がいい」という話を取り上げます.

この発言は彼の若いころの情報の取り方に由来するものでしょう.それは「探す遊び」という言葉で表れています.昔は,情報源がそれほど多くなく,本ならば本屋へ,音楽ならCDショップへ,あるいは専門雑誌を買うなりして,自分から情報を探して回る必要がありました.そうすると思わぬ情報を発掘することもあるし,はずれを引くこともある.こうした中に「探す遊び」の神髄がありました.

私が子供のころもお年玉を投入するゲームを選ぶのも一苦労で,友達にゲームの出来を尋ねまわったりして,情報をかき集めたものでした.面白くないゲームを引き当てても,それ以外に手を出すお金も情報もないので,遊び続けて面白いポイントを探す,というのもよくあることでした.

しかし,現代は情報を簡単に手に入れられるし,なんなら何もしなくても情報が流れ込んでくる時代になりました.TwitterやFacebookでは勝手にツイートやフィードが流れてくるし,適当にページを巡れば自分にピッタリの広告を見せてくれるし,YouTubeはほっとけば「おすすめの動画」を流してきます.そんな時代のあり方を「浴びる遊び」と山口さんは呼んでいます.

このように「浴びる遊び」の時代だからこそ「自分に影響を受けるものを,自分で選んでいたら,都合の良い自分にしかなれないんだ」という一つのアドバイスに結びつきます.「都合の良い自分」とは,動画の最後の方で少し語られている「想像していない自分」と対極に位置するものだと考えられます.このアドバイスは多様な情報を吸収することで思わぬ良さを見出し,活かすことができる,ということだと解釈することができるでしょう.

私は社会学者ですので,このアドバイスの重要性を別の観点から述べたいと思います.キーワードは次の3つです:フィルターバブル,確証バイアス,エコーチャンバー効果です.

現代の情報の流れの特徴と帰結

現代は情報が浴びるほどに来る時代です.自分にやってくるおびただしい量の情報には,それぞれ主張(色)がついています.無色透明な情報はこの世に存在しません.

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しかも,その情報の流れを制御することができます.Twitterが典型的ですが,フォローやブロックを通じて,目に入る情報を制御することができます.

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さて,ここからが少し厄介な問題になります.この「選択」をGoogleやTwitter,FacebookなどのWebサービス側は「学習」し,次に流す情報をその人に合わせて(ある種勝手に)変えます.これをパーソナライズと思います.各アルゴリズムによって選択が強化され,どんどん自分が選んだ情報の色が濃くなり,自分がその色にのみ染まっていきます.このように,アルゴリズムによって情報が偏っていく状況をフィルターバブルと言います.フィルターバブルに囲まれている状況では,別の色の情報が入ってくる余地はありません.

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フィルターバブルに入るといくつかまずいことが起きます.1つ目は特定の情報源のみを信じてしまうことです.ここでは確証バイアスが働きます.確証バイアスは自分が信じること,正しいと思うことをサポートするような情報のみを見てしまうことを指します.フィルターバブルに包まれ,自らが単色に染まると,自分の信念に近い情報のみしか見ない可能性があります.

2つ目のまずいことは特定のコミュニティのみを重視することです.自分が信じることを支持する情報を求めると,そのような情報のみをやり取りするコミュニティに行きつきます.Twitterでいうところの「クラスタ」が典型的でしょう.このコミュニティでは,特定の情報しか流れないので,その意見がどんどん先鋭化していきます.このような効果をエコーチャンバー効果と呼びます.

3つ目のまずいことは,これらの帰結として自分を相対化できなくなる,ということです.すなわち「自分の考え方のみが正しい」という考えに取りつかれることになります

身に着けておきたいこと

このような状況を避けるために,身に着けておきたいことは次の2つだと私は考えます.

1つ目は自分の軸を持ちつつ,他者の意見を聞くことです.自分の考えを持つのは大事です.だからといって,それしか考えられないのも問題です.多様なつながりはフィルターバブルを緩和します.このことは以下の本でも取り上げられています.自分の考えを持ちながら,他者の意見にきちんと耳を傾け(傾聴の姿勢),さまざまな人との接点を維持することが重要です.

2つ目は他者を決めつけないことです.他者が自分と違う考え,違う行動をするのは,社会的背景や現在の環境が違うからです.フィルターバブルに入ってしまうと,違う意見を持つ相手は「単にバカだから」と断定してしまうことも多いです.しかし,それは他者を知ったかぶりすぎです.他者の背景も考えると,自分も相対化でき,より実りのある関係性に近づけるでしょう.相手の背景を理解するためには,日ごろから多種多様な本を読んでみることをお勧めします.

ここからは授業ではあまり話さなかったことですが,このような視点(多様な視点)は一度持ったらずーっと続くものではなく,定期点検が必要なものです.気が付いたら凝り固まった視点しか持っていなかった,ということもよくあります.このnoteを読んだ方も,ぜひ自分の情報の流れとその色を見直してみてください.