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「先行研究・文献はありません」はありえない:卒論の書き方 その2

本noteでは,その1に引き続き,卒業論文のためのアドバイスをご紹介します.このnoteの経緯はその1の冒頭に書かれていますので,そちらも合わせてご覧ください.

本noteでは,先行研究に焦点をあててまとめます.

「自分で考えるな」:無知の知に至る道

「そうですね,若い研究者や学生にありがちなんですが,よく調べもしないで,「私はこう思った」って言うんですよね.」
(中略)
「自分の頭で考えよう,ではなく,自分がバカであることを認識しよう,のほうが,はるかにいいね.本を読み,調べ物をし,人の考えを知る.それは,「自分が何を知らないか」を知るためです.こんなこと,研究者だったら知ってて当たり前ですよ.」
「….」
「いいですか,そもそも我々にとっては,「知っていること」よりも,「知らないこと」のほうがはるかに重要なんです.私はまだこれについて知らない,私はこれについて意見を持てない,そういう認識が,我々を高める.多様な見方を取り込もうと努力することにつながる.」
「ふーむ.」
「それなのに,「自分の頭で考えよう」なんて,バカのやることです.でなきゃ,「自分を賢く見せようとしてるだけの安っぽい人間」ですね.」

「「自分の頭で考えるなんてやめたほうがいい」という研究者の話.」Books&Apps, http://blog.tinect.jp/?p=12867 , 2015/4/20アクセス

少し長く,毒舌なダイアローグを引用しましたが,先行研究に対する基本的な考え方はこの対話に示されています.私たちが先行研究を調べるのは「自分がいかに無知か」をまず確かめるためです.つまり,何を知らないか,まず確認し,そのうえで学問上もしくは社会上,なにが知られていないかを探すために,先行研究を調べるのです.先行研究を調べるのは決して「たくさん勉強しました」を示すためではありません.

■問題の位置づけを探る
まずは自分の問題が学問全体のどこに位置づけられるのか,探るために先行研究を調べましょう.この際には,論文よりも系統的にまとめられた本が道案内となるでしょう.本を読むことで自分の研究テーマの隣接領域を知ることができるからです.

「結婚」を例にとって考えてみましょう.社会学的には,結婚は階層,幸福感,夫婦間の関係,社会的な機能など多くの研究テーマがあります.しかし,本を読むとまず経済学との接点を紹介されます.

ノーベル経済学賞を受賞したG. Beckerは結婚の合理的選択理論を展開しています.それ以外にもサーチ理論との関連,結婚とマクロ経済的変化など様々あります.

一方,もっと古い歴史を誇るのは文化人類学です.結婚は有史以来,社会制度として人々の行動を規定し続けてきました.現在でも,そのバリエーションは多く,文化人類学は大量の事例を提供します.

出生への道としての結婚,としては人口学がもう一つの隣接領域になります.日本の場合,諸外国と比べて婚外子が極端に少なく,未婚化はそのまま少子化に直結しています.

このように本は多くの視点を提供してくれます.この種々の視点から,自分が立脚する立場と,その位置づけを明らかにしなければなりません.どの領域のどの分野に貢献するのか,それを明らかにするために先行研究を読む必要があります.

■先に研究されていないか探る
次に,自分が研究することがすでにやられていないか,もしくは似たようなことがなされていないか,論文を中心にレビューしていきます.先にやられている場合は新たな問いを考えなければなりません.

一方,自分の問いと似たような問いを扱っている論文は,自分の研究に使えそうな部分を見ておくとよいでしょう.手法,データ,議論の流れ……よくチェックしましょう.

■「先行研究がない」わけがない:読むべき文献のすそ野を広げる
しばしば「先行研究がない」という学生を見ます.そのような人は先行研究を探す範囲を極端に狭めているケースがほとんどです.つまり,まったく同じテーマの研究のみを探しているのです.しかし,探す範囲を意図的に広げることで見るべき先行研究は格段に増えます.

たとえば「なぜ独裁下で人々が反抗しないのか」という研究テーマを考えてみましょう.「独裁」というキーワードだけでは,歴史的な記述が多めになると思いますが,これらは問いが明らかにしようとするメカニズム(なぜ,という問い)になかなか合いません.しかし次のように思考をスライドさせることで,非常に効率的に文献を広げることができます(このような思考法はよく水平思考と呼ばれています).

・ 独裁 → 慣習 → ゲーム理論・社会的ジレンマ
・ 独裁 → 寡占・独占 → 経済学
・ 独裁 → 社会的病理 → 逸脱論
・ 独裁 → 小集団の議論 → スクールカースト・いじめ
・ 独裁 → 社会集団の意識 →F尺度・社会意識論

何を調べればいいのか:仮説・RQを設定する

問いを立て,先行研究を調べたらいよいよ仮説を設定します.問いはそのままでは仮説にはなりません.問いを仮説にするまでに,気を付けるべきことが意外と多いのです.

■概念仮説と作業仮説
仮説には2種類存在します.概念仮説作業仮説です.

概念仮説は概念間の議論を仮説の形でまとめたものです.たとえば「高学歴化が進むと,晩婚化が進む」は概念仮説です.一方,作業仮説は実際に分析し確認できる形になった仮説です.概念仮説に比べて,より具体的であり,白黒はっきりする仮説です.さきほどの概念仮説に対応して「社会における大学進学率が上昇すると,初婚年齢は増加する」とか「イベントヒストリー分析において,大卒進学率を投入すると,初婚のリスクハザードは減少する」といった仮説が作業仮説にあたります.

概念仮説から作業仮説に移す際にとりわけ重要なのは概念の操作化です.抽象的な概念は,そのままでは分析に適用できません.先の例では高学歴化→大卒進学率の上昇,晩婚化→初婚年齢の上昇,という定義(指標化)を与えています.このような作業が概念の操作化です.操作化をすることで,概念的なことも具体化され,測定も可能であり,分析も可能,そして仮説の検証も可能になります.

■ゴールを確実に設定する:反証可能性の担保
検証される仮説は,白黒はっきりつくものでなければいけません.これは反証可能性と呼ばれ,K. ポパーが科学の必要条件として挙げています.どちらとも取れる理論は,ある事象に対して何の予測・含意(インプリケーション)も与えず,反証可能性の観点からいえばそのような理論は意味がない理論なのです.

たとえば,次のような問いを考えてみましょう.

学校外教育投資,特に「塾に通う」ことによって学習時間が増え,成績は上がるかもしれない.しかし,塾にいる生徒によっては,下がるかもしれない.

上の文は仮説ではありません.なぜなら成績が上がっても下がっても成り立つ文章であり,検証できないからです.つまり,データによって白黒つけられることはないので,毒にも薬にもならない仮説なのです.この文章を仮説に引き上げるには,条件を付けるとよいでしょう.

塾に通う場合,成績の上下は塾の周囲の生徒によって決まる.周囲が自分と同じようなレベルの生徒の場合は,ピア効果によって学習時間が増え,成績は上がるだろう.しかし,極端にレベルが違う場合は,自分の居場所として塾を認知できず,学習時間が低下し,成績も下がるだろう.


この文章は仮説として十分であるといえます.なぜなら成績を従属変数として,塾の平均偏差値などを投入し係数をみれば,上の命題が支持されるか否か,検証可能だからです.

■何ができて,何ができないか:射程を明らかにする
どの社会にも適用できる理論は存在するとは考えにくいでしょう.しかし,社会の一部で成立する議論はおそらくたくさん存在するはずです(この考え方はマートンの中範囲の理論に通ずるものがあります).自分が展開している議論が,どの社会のどのような層に当てはまるのか,明らかにする必要があります.

先の例でみたように,反証可能性は,その仮説・議論の射程――どこまでの範囲で成立するのか――を明らかにするのに非常に有用です.仮説の前提条件や適用範囲に見当をつけることができるからです.

このnoteでは,先行研究と仮説構築に焦点を当てて説明しました.その3では,研究の意義について説明する予定です(近日公開予定).


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