見出し画像

あなたの研究は誰のために?:卒業論文の書き方 その3

本noteでは,その1,2に引き続き,卒業論文のためのアドバイスをご紹介します.このnoteの経緯はその1の冒頭に書かれていますので,そちらも合わせてご覧ください.なお,本noteは執筆時に私の後輩と共著し,そのアイディアを踏襲しつつ私が大幅に加筆・修正しました.

本noteでは,研究の意義に焦点をあててまとめます.

「ヤッコー」にならないために:意義を説明する

卒業論文は「レポート」ではなく,学位を得るための学術論文です.学術論文と同様に,卒論も「意義」が重要になります.

「ヤッコー」という言葉があります.「やってみたらこうなった」という言葉の頭をとったもので,よく「ヤッコー論文」という言葉で使われます.ヤッコー論文とは理論的な背景も結果の解釈もなく,とりあえず分析してみたらこうなった,ということを述べた論文です(厳密な定義はありませんが,だいたいこういう論文・研究を指して使われます).

私はヤッコー(論文)という言葉をよくシミュレーション系の学問分野の人から聞きました.たとえば,災害時や火災時の避難行動のシミュレーションを行う研究で「非常灯を置いたところ,置かない場合に比べて避難完了時間が短くなりました」という研究は典型的なヤッコーです.非常灯が効果的なのは当たり前ですし,非常灯がない建物はないからです.ヤッコー論文には吟味された仮説も,適切な解釈もありません.

ヤッコー論文には欠けているものはたくさんありますが,その欠けているものの中で最も大事なものは研究の意義です.

意義」とは一言でいうと「この研究を行うことで,誰がどのように得する(うれしい)のか」ということです.ヤッコー論文には,この研究によってどのような得があるのか,全く見えないのです.

学術論文は必ず意義を持っており,卒業論文でも同じように求められます.つまり,卒業論文では「この研究を行うことで,自分以外の誰が得するのか」を説明しなくてはならなりません.

別の言い方をすれば,自分が取り組んでいるテーマについていくら「自分はこれが大事だ!」と思っていても,その「大事さ」を他人に理解されなければ,意義になりえないのです.

意義は大きく分けて3つ存在します.その3つについてそれぞれ説明します.

1. 学術的意義

1つ目は学術的意義と呼ばれている意義です.学術的意義は,学術論文の中で最低限満たすべき意義です.学術的意義は,既存の研究に対して新しい知見を付け加えることによってもたらされます.「新規性」は代表的な学術的意義の一つです.

ただし,単に新しいことをすればいい,まだ誰もやられていないことをやればよい,というわけではありません.自分の研究が学術的な文脈に照らしても重要でなければなりません

先行研究が課題としていたり,データや手法の制約上明らかにできなかったこと,先行研究の知見と異なる結果が得られたこと,他の研究者がわからなかったことなどなど,単に「やってみたらこうなった」を超えて,他の研究者にとって嬉しいことが学術的意義にカウントされます.

2. 政策的意義

政策的意義とは,一言で言えば「なにかしら政策に活かせる含意をもつこと」ということができるでしょう.たとえば,「〇〇をすると,貧困率が××%下がる」といったことを示す研究は政策的意義を多分に含んでいます.

このように,なにかしらの社会的問題に対してアプローチする研究はたいてい政策的意義を含むことになります.なぜならその社会的問題とその解決策を知りたい政策立案者が得するからです.

3. 社会的意義

社会的意義とは「広く社会に対してなにかしらの利益をもたらすこと」です.なにかしらの新しい社会問題の提起,社会をより良くする提案,あるいはひとびとが気にしている問題のメカニズムを明らかにするなどの研究が該当します.

たとえば,格差に関する研究は(学術的,政策的だけでなく)社会的な意義をもつ研究の一例です.格差は社会的問題であり,なぜ格差が生じているのかは多くの人が気になる問いだからです.

自分の研究がどの意義を持つか自覚する

卒業論文を始めとして学術研究は,基本的に学術的意義を満たす必要があります.しかし,自分が行う研究は自分が思った以上に多くの意義を持っていることがあります.自分の研究にどのような意義があるのか,見いだせない,あるいは見逃していることがある場合は,他の研究を参照したり,他の人に聞いてみるといいでしょう.

「卒業論文の書き方」シリーズは今回で一旦終わりますが,また関連するアイディアを思いついたら追加していきます.