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終わりが見えてきた休職生活とその心境

 僕が休職生活をスタートさせたのが11月中頃で、それから親に会いに行ったり、実家に帰ったり、友達との時間を過ごしながら生活を安定させ、12月には京都へ移動。シェアハウス生活が初めてで慣れるまでに少し時間はかかったけど、学生時代のホームであった京都の空気が上手く事を運んでくれて、あっという間に時間が過ぎていきました。

 京都に来てから、大学時代の先輩の結婚式に出たり、見送ってくれたはずの後輩とまた飲みに行ったりと、学生時代にタイムスリップしたような気分で、気ままに生活。年末の年越しは関東へ帰らず京都に残り、所属していた大学のサークルメンバーとワイワイ鍋をしながら過ごすことに。普通に元気やん、という感じの京都生活。

 年が明けて1月。薬を服用せずに生活ができるようになったし、元気になってきたという自覚も自分の中にあります。何となく、休職の期間は3ヶ月くらいかな、と思っていたので、「復職」という文字がチラチラと頭をよぎるようになってきました。

 会社とは定期的に面談をしていて、電話で話をしたり、社外の場所で会ったりしながら近況報告をするくらいで、特に復職の時期については触れていません。ただ、お医者さんの診断によって復職の時期を決める、という事は決まっていたので、元気になってきたタイミングでの検診で復職時期が決まるだろうと。1月末頃に次の検診があったので、その結果を受けて会社でも色々調整してもらい、2月頃になるかな?というのが僕の目算でした。

 気ままな楽しい生活をしながらも、またに連絡を取る同期は頑張って働いているし、大学時代の友だちも皆が苦しい1年目を乗り越え、2年目を迎えようとしています。焦らず過ごしてはきたけど、元気になってきたらきたで「自分も頑張らないといけないな…」という気持ちが湧いてきていました。

 ただ、どこで頑張るのかは未定だったので、なんだかモヤっとした気持ちと復職に向けてドキドキする気持ちを抱えながら過ごす日々。会社からは、東京に残る可能性も大阪本社に転勤になる可能性も色々あるとは言われていました。その当時の僕は、まだ東京で活躍できなかった悔しさが大きかったので人事との面談時には「できれば東京の営業職で復帰がしたい」ということを伝えていました。

 その頃は会社的にも年度末で会社組織の変更が予定されていたし、東京営業所の体制も見直されていたので、僕の要望は一旦受け止められた、くらいの印象でした。「一体どうなるんだろう…」元気になってきたとはいえ、仕事のことを考えると不安な気持ちを思い出します。

 そうこうしてる間に1月末の定期検診を迎え、先生から容態の確認があり「もう働けそうだね、OK」と復職のお墨付きをもらったのでした。

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