はじめての幼稚園inメキシコ

2歳の娘が、メキシコの現地幼稚園に通い始めてもうすぐひと月になる。

始まる前は、「英語もスペイン語もゼロのまま、いきなり放り込んで大丈夫だろうか」と心配したのだが、なんだかんだ毎日手土産を持って楽しそうに帰ってくる。

娘にとってはじめての幼稚園。わたしにとっても、子どもを通わせるはじめての幼稚園。今回は、そんなはじめての幼稚園生活inメキシコの話をします。

15ヶ月ぶりに開いた学校の扉

話は少し前に遡る。

一時帰国していた日本から、メキシコへ戻って来たのが3月。それ以来、家から歩いて15分ほどの公園に、娘を連れて週3回ほど通っていた。各国大使館員や外資系企業の駐在員が暮らす住宅街にあるその公園は、彼らの子どもたちの遊び場になっていて、娘も一緒に地面をほじくり返したり、しゃぼん玉を追いかけたりして遊んでいた。

けれど、6月に入った頃から、母国へと帰国する子どもがちらほらと出始めた。駐在員を親に持つ子どもたちの別れは、あっけなくやってくる。それぞれが持ち寄ったおもちゃと笑い声で賑やかだった広場は、すっかり静かになってしまった。

「そろそろ学校が再開するらしい」という話が聞こえ始めたのは、ちょうどその頃のことだ。2020年春以降、コロナで授業がすべてオンラインになっていた学校が、およそ15ヶ月ぶりに開く。待ち望んでいたニュースに、街中が沸き立っていた。

閑散とした広場で1人地面をほじくり返す娘を眺めながら、もしかしたら、と思った。もしかしたら、新しい「遊び場」がわたしたちを待っているのかもしれない。いま動かずにいたら、あとから後悔するかもしれない。

なぜだかそんな想いに駆られたわたしはその晩、家から歩いて行ける幼稚園に見学の申し入れをした。

この国で子どもを幼稚園に通わせるということ

メキシコでは小さな子どもの誘拐がとても多い。そのため幼稚園に何よりもまず問われるのは、安全性だ。

見学に訪れた幼稚園を外から見たとき、抱いていたイメージとのあまりの違いに、少し戸惑ってしまった。グーグルマップを頼りに到着した住所にあったのは、無機質な鉄製の壁に防犯カメラとブザーだけで、看板はおろか園庭や園児の姿も一切見えなかった。

鉄格子の隙間に指を入れ、おそるおそるブザーを鳴らすと、鉄製の壁の小さなのぞき窓が開いて、年配の女性の目が見えた。見学を申し込んでいた者です、とおそるおそる伝えると、鉄製の壁がギギギと音を立ててゆっくりと開いた。

あとから知ったことだけれど、メキシコでは誘拐などの犯罪から園児たちを守るため、外観の幼稚園らしさを極力消しているところが多い。見学した幼稚園はどこも同じような構造で、お迎えでは顔写真付きの身分証提示が必須だった。

「ここにいる間は、退屈させない」

中へと入ると、そこは無機質な入口とは実に対照的な、子どもらしい空間が広がっていた。

園舎はコの字型の2階建てになっていて、その内側に園庭があった。園長先生の案内で歩いていくと、2-3歳児クラス、3-4歳児クラス、4-5歳児クラス、5-6歳児クラスそれぞれに2つずつクラスルームがあった。1つはスペイン語で過ごす部屋、もう1つは英語で過ごす部屋だという。

園舎の中をさらに進み、園長先生が次々と部屋を案内してくれる。絵本や紙芝居、人形劇が用意された『お話の部屋』、カラフルなそろばんや、大きな木の天秤などが並んだ『数の部屋』、ピアノと打楽器が用意された『音楽の部屋』、壁がそのままキャンバスになった『文字の部屋』、クッキングができる『料理の部屋』、それから各々好きなおもちゃで遊べる『おもちゃの部屋』。園児たちはクラスルームでの活動以外に、プログラムに沿ってこれらの部屋を移動しながら1日を過ごす。2歳児から6歳児まで、みんなだ。

わたしが園長先生の説明を聞いている間、娘は部屋の中をうろうろと歩き、そこにあるものを見てまわるのに大忙しだった。何か珍しいものを見つけてはわたしたちの元へと駆けてきて、目を輝かせながら「これなあに?」と聞いた。

「安全上の観点から、一度登園したら、お迎えまでは園外に出ません。遠足もありません。けれど、ここにいる間は、子どもたちを退屈させない。わたしたちの園は70年の歴史の間ずっと、子どもたちの好奇心を刺激し続けてきたのよ。」娘の様子を目で追いながら、そんな園長先生の言葉を聞いていた。

不安はもちろんある。それでも、わくわくする気持ちの方がずっと強かった。ここを娘とわたしのはじめての幼稚園にしよう。そう決めた。

サマーキャンプ

日本の幼稚園が夏休みに入る7月、メキシコの各幼稚園では通年クラスが夏休みになるのと入れ替わりに、サマーキャンプなるものが始まる。7月初旬から8月中旬まで約1か月半開催されるこのコースは、対象年齢内なら誰でも1週間から参加できる。

このサマーキャンプ、ただのお楽しみイベントかと思いきや、実は親と幼稚園の大切な『マッチング期間』になっている。9月の新年度から子どもをどこかの園に入れたい親は、まずサマーキャンプに参加し、そこでプログラムの充実度、先生の人柄や対応力、わが子との相性などを見定める。一方園は、SNSやメールを駆使して参加者を募り、いざキャンプが始まれば通年クラス以上に気合の入ったプログラムで子どもを喜ばせ、親たちにアピールするのだ。

わたしはまず、先ほどの園のサマーキャンプに娘を通わせることにした。

ユニークなプログラムと作品たち

実際通ってみると、幼稚園のプログラムはかなりユニークだった。全6週あるサマーキャンプのテーマは1週毎に変わっていく。1週目はアート、2週目はパーティータイム、3週目はリトルシェフ、4週目の今はオリンピックだ。娘が誇らしげに持ち帰ってくる作品たちには、毎回「へぇ、こんなもの作るの!?」と驚かされてばかりいる。

初日に持ち帰ってきたのは、パラパラ漫画と紙で出来たカメラ。パラパラ漫画の表紙には「Mi Primera Animación(わたしのはじめてのアニメ)」と書かれていて、ページ1枚1枚に娘が色を塗ったディズニーのキャラクターが貼られていた。

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パーティータイムがテーマの2週目には、帽子や風船のアートを作ってきた。羽を使うことにも驚いたけれど、その色づかいもとても個性的だ。

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3週目は写真がないけれど、リトルシェフというテーマ通り、サンドイッチやトマトパスタ、タコスなど、先生やクラスメイトと一緒に作った料理をタッパーで持ち帰って来て、うれしそうに家で食べていた。そして4週目の今週は、テーマのオリンピックにちなんで初日に聖火を作ってきた。

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娘がもらった自信

幼稚園に行きはじめて、娘にも色々と面白い変化が起きている。

街で小さな子どもを見かけると、「あ!おともだち!」と指さすようになった。ピアノを弾きながら歌う先生を真似て、家のエレクトーンを弾きながら何やら一生懸命歌うようになった。滑り台を降りるときに「グラシアース!アディオース!(ありがとう!さようなら!)」と大声で叫ぶようになったのも、幼稚園で流行っている遊びの影響らしい。

何より迎えに行くたびに感じるのは、「おかあさんと離れて、先生やおともだちと幼稚園で楽しく過ごせた」という経験が、娘の中で大きな自信になっている。

言葉も文化も違う場所に放り込む。娘のためを思ってそうするのだけれど、寂しい思いや悲しい思いもさせてしまうかもしれない。

そんなふうに、葛藤を抱えながらはじまった幼稚園生活だった。けれど、母が思うよりも子はずっとたくましくて、しなやかだ。

娘はこの幼稚園を、だいすきな絵本にちなんで「ぐるんぱの幼稚園」と呼んでいる。迎えにきたわたしを見つけるなり駆けてきて、「今日はぐるんぱの幼稚園で、お友達と並んでこーうやって足を上げたよ!」と興奮気味に話してくれる。そんな娘が、数週間前よりも随分と大きくなったように思えた。

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