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【小説】ペーパーライクきのこ

「こんなんで許すかよ。」

悠太の手に持っているキノコの笠には“ごめんね”という文字が刻まれていた。
今、小学生の間で流行りのペーパーライクきのこである。

このキノコは、土から引き抜いた際に採取した人間の念じた感情が内に込められ、そのキノコを相手に渡すと、笠が開いてメッセージが表示されるという摩訶不思議な植物であった。
古代マシュー王国で盛んに栽培されたものだが、そのメカニズムは未だ解明されていないままだ。
近年、日本に伝来するやいなや、瞬く間にブームとなり、今もなお小学生には面白がられている。
悠太の通う学校では教師陣の意向で積極的に活用されており、アサガオではなくペーパーライクきのこを生徒に栽培させて、主に道徳の授業で使用していた。

悠太が手にしているキノコは、昨日ケンカした直人から渡されたものであった。

「あいつがルール破ったのが悪いんじゃねぇか。卑怯な勝ち方して喜ぶ奴なんて知らないよ。“だまれ、消えろ”って書かれたキノコを突きつけてやる。」

悠太は自分の栽培用の鉢へ向かい、怒りを込めてキノコを引き抜いた。
するとどうしたことだろうか、見る見るうちに枯れていってしまった。

「あれ?おかしいな。もっかいだ。“ぜったい許さない”っと。」

しかし、駄目だった。
何度やっても引き抜いた刹那、くしゃくしゃに枯れてしまうのである。

悠太はおかしいな、と感じたものの周りの鉢と比べてキノコがだいぶ減ってしまったので、その日は採取を断念した。

帰り道、悠太は直人が枯葉剤を撒いたに違いないと考えを巡らし、一連の事情を父親に相談することにした。

「俺のだけ枯れるのおかしくない?あいつが枯葉剤を撒いたんだよ。怒ってよ。」

すると、悠太の父親は訝しげな表情をして、意外な質問をした。

「もしかして、言われたら嫌な言葉を念じて引き抜いたのか?」

図星だった。
呆気に取られた悠太をなだめながら、穏やかな口調で続けた。

「学校で育てているペーパーライクきのこは、和名をマゴコロダケというんだ。優しい言葉にしか反応しないようになっているんだよ。」

「どうして?」

「それは、このキノコの原産地である古代マシュー王国の歴史が関係してるんだ。あの国はキノコを通して言葉を贈り合うという独自の風習で発展していった。ところが、それがある頃から“嫌な言葉を”押し付け合う風潮にすり替わってしまったんだ。誰が発端かは分からない。きっと悠太みたいに些細なことがきっかけだったんだろう。そのトレンドは一瞬にして国中に蔓延し、最終的には内乱になって国ごと滅んでしまったのさ。」

「えぇ、そんな怖いことになっちゃったんだ。」

「あぁ、言葉の力には凄まじいものがあるからね。恩も仇も膨らむのさ。このことを教訓に、現代ではネガティブなエネルギーを吸い取ると枯れてしまうように品種改良されている。そういう風に世界協定で取り決められているんだよ。」

「なるほど、それで枯れちゃったのか。直人のこと変に疑っちゃし、悪いことしたな。」

「明日、正しく使えばいいさ。今日はもう寝よう。」

翌朝、悠太は直人にペーパーライクきのこを2個ほど渡した。
“俺もごめん”、“また遊ぼうね”と、それぞれの笠には記されていた。

キノコを受け取った直人は、悠太の植木鉢にキノコが無くなってしまったのを見かねて、自分の鉢から2つほど移し替えておいた。

一方その頃、職員室では騒ぎが起こっていた。
職員が保護者に対する愚痴をツイートして、炎上したのだとか。

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