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【小説】負け犬のポーズ

ぽり、ぽり、ぽり、…ぐびっ。

6畳一間の暗い部屋で、女はまだ眠れずにいた。
時計は深夜2時を回ろうとしている。
いつものことだった。

女が勤めている会社では、気に食わないことばかりだった。
取引先とうまく連携が取れなくて破談したり、上司が評価するのは分かり易く仕事ぶりをアピールしている人ばかりで地味な作業に徹している自分は評価されなかったり。
中でも特にムカついていたのが、後輩がインスタグラムだかユーチューブだかでバズって今話題になっているらしい、なんてことを耳にしたことだ。

「…こぉれか。“ミナミのヨガ教室”。とーろくしゃすーは、24.6万人。はぇー、ご立派ですこと。」

どうやらヨガに関する投稿で支持を得ているらしい。
女はスナック菓子のソルトがついた指を舐めて、パジャマのズボンの横のところで拭った。
まるで体が溶けたかのように背もたれにもたれていた上体をぐぐっと起こして、顔を画面に近づけ、ミナミの動画を見ることにした。

『みなさんこんにちはぁ、ミナミのヨガ教室へぇようこそ。今回は毎朝10分やるだけでぇ誰でも簡単にスリムな体が手に入るストレッチのご紹介です。まずはぁラクダのポーズ…』

「ふーん。こう言うのが今の子達には刺さるのねぇ。もうこういうキラキラしたの無理だわぁ。」

そういって、女は2本目の缶ビールを口にした。

『骨盤のぉ歪みを…、体側がぁ伸びてい…、づいてぇワシのポーズです。…自分の呼吸をぉ感じてください。穏やかな呼吸がぁ心に安らぎをぉもたらします。』

女は悠長な話し方が鼻について、10秒スキップせずにはいられなかった。
これが世間で受け入れられている意味がわからない、と女のイライラは増した。
急いでアルコールで中和する。
少し口元からこぼれたビールを袖で拭いた。

「はぁ、これの何がいいんだか。話し方がまず気に食わん。〜はぁ〜でぇ。じゃねぇよ。」

コメント欄を開くと、“話し方ウザすぎて草 あとワシのポーズ全然ワシに似てねぇし。ワシさんに謝れ。”と書き込んだ。
暗闇の中でブルーライトが女のニヤリとした笑みを照らした。
女が心の底から笑みを浮かべるのは、こういう時くらいであった。

気が済んだのか、女は寝ることにしたらしい。
テーブルの上に散らかった空き缶やお菓子の袋は、明日の空いた時間にでも片付けようと決めた。
もう目が疲れていたし、首も肩も背中も腰も、全部が痛かった。
きっと仕事のストレスのせいだと思い、早くこんな仕事辞めたいと願った。

ベッドに入ると同時にスマホを手に取りツイッターを開いた。
女にとって1日の締めくくりはツイッターのチェックと決まっているのである。

そこでは芸能人の不倫に関するゴシップ記事が報じられてトレンド入りしていた。
どうやら炎上しているらしい。
暗闇の中でブルーライトが女のニヤリとした笑みを照らした。

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