ランチはあかんで
国鉄(現JR)尼崎駅北口からずっとキリンビールの工場が広がり、えんえんと壁が続いてた。
あたりは軽くビールのにおいが漂っていて、小さい頃からずっとそんな環境にいた。だからぼくはビール好きになったのかもしれない。
近くにはクボタの工場があった。
工場があると、人が集まり、人が集まると、商店が集まる。
キリンビール工場の果てから商店街が始まった。長く。
商店街には飲食店が2軒。
(他、商店街の外れにお好み焼き屋さんもあったけど、意外なことに人気がなかった。理由は「家で焼けるやん」)
一つは都(みやこ)という、おうどん屋さん。
ここの「おばちゃん」は村田英雄のファンで、大きなポスターが店内に貼られてた。
「おっちゃん」が作るおうどんは美味しかった。夏はかき氷。
大衆的なお店で、よくオカンや友だち家族と行った。今でいうファミレスみたいなポジショニング。
もう一軒は、グリル六甲。こちらは洋食で、「高級ブランド」志向があり、店内にはテレビはないし、価格も高かった。
だから何か特別なことがない限り行けない。
行けたときはワクワクドキドキだ。
席について、メニューを見る。
オカンが毎回言う。
「ランチはあかんで」
ランチというのはAセット、Bセットみたいなもので、たとえばハンバーグとライス、スープ、サラダのように、チーム制になってるメニュー。
なぜオカンが「あかん」言うかというと、シンプル。
高いから。
子どもながらに気を遣って、一品ものだけをメニューから探した。
でも、一品と言っても、そんなに無いんだよね。
カレーライス
オムライス
チキンライス
とか、「ライス」ものばかり。スパゲッティもあったかな。
「じゃ、カレー」というと、オカン、「家でできるやん」。
できるけど、ぼくは鳥苦手だからチキンライスあかんし・・・
結局何食べてたのか、思い出せない。でもワクワクだった。
シングルマザーのオカンとしても、気合入れて行かなあかんグリル六甲だったはずだ。大人の今なら、わかる。
大阪梅田 阪急百貨店に出かけることもあった。電車乗って。阪急の楽しみは、最上階の大食堂だ。
阪急大食堂では、ハンバーグを食べることができた。なぜなら、ハンバーグを注文すると、もれなくライスとサラダとスープがついてくる。「ランチはあかんで」と言いようがない。
美味しくてね。幸せだった。
ある日、ふと食べてる最中、「いつもはあかんランチを食べてる。これは親不幸なんちゃうか。高いもん、食べてしまったんちゃうか」子どもながらに、「ランチはあかんで」の理由は察してた。
「もう、次、ここに連れてきてくれへんようになるかもしれへん」
幸いなことに、後日、また、連れてきてもらった。
でもぼくは、ハンバーグを頼まず、カレーと言った。
オカン、寂しそうにしてた。
「カレーなんか、家で食べられるやん。ハンバーグにしとき」
オカンとのごくごく少ない外食の思い出だ。
・・・と思ってたら、何かの番組で、「チキンライス」という曲を耳にした。
作詞がダウンタウンまっちゃん、歌唱が浜ちゃん。
この二人が生まれ育ったのが、ぼくと同じ商店街だ。
おそらく、この歌詞の舞台は、グリル六甲だと思います。
貧乏自慢? そんなんちゃいます。ぼくの仕事の原動力です。
この、なんともいえない「乾き」が。
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