「ソフトウェアエンジニア」が基礎造形と出会ったら
桑沢デザイン研究所の基礎造形専攻には、様々な背景をもった方が学びに来ています。基礎造形と出会ったきっかけや、造形課題を通して感じたことなどを、綴ってもらいました。
「ソフトウェアエンジニアである私」について
新卒で現職のITベンチャーに入社しました。
それから2年間、ソフトウェアエンジニアとしてアプリの開発や開発プロセスの改善を行なっています。
「新しいものごと」と出会い続ける喜び
基礎造形へ入学したきっかけ、それは「新しいものと出会うこと」への欲求と深く関わっていました。
本を読むこと、本屋をうろつくこと、旅や散歩に出ることが好きでした。
本を通して、もしくは本屋を通して、自分の知らなかった世界や領域に足を踏み入れること。
旅や散歩を通じて、見たことのない景色を見てみたり、馴染みのない食習慣や生活を経験すること。
自分にとって未知なこと、新しいことに出会い続けることが原動力になっています。
日々技術が更新されていく、変化の激しいソフトウェアエンジニア業界で働けば、毎日の仕事の中でも新しい刺激や学びに触れられるのではないか。そう思い、エンジニアという職業を選んで働いてきました。
外から受ける刺激への依存
ところが、そういった"新しさ"は、出会った当初は新しくとも、一旦慣れてしまうと"退屈なもの"に変わっていってしまいます。
どんなに旅をしても、2週間、1ヶ月と滞在するうちに身体が順応してしまい、また新たな刺激を求めて動き出さなければ気が済まなくなってしまうのです。
どうも自分の充実感や幸せは、自分の中から湧き上がってくるというよりも、外からの刺激に反応しているだけなのではないだろうか。
そういった、一種の虚無感のようなものを感じていた時期がありました。
「このまま環境から与えられる刺激に頼り続けてしまっても良いのだろうか?」
「どうやったらこの虚無感から脱出できるのだろうか?」
上記のような問いが、常に自分の中にあったように思います。
そして、自分が出会ってよかったものや、印象に残っていること、好きなもののことを考えているうちに、だんだんと、「自分もつくり手になれば良いのではないか」という意識が芽生えてきました。
旅の中で出会う建築も、景色も、美しく装丁された本たちも、みんな誰かが作ったものです。本の中で紡がれていく物語や思想にしたってそうかもしれません。
そういった、自分が刺激を受けてきたものたちを、今度は自分の中からも作り上げていきたい。
新しいものを発見するには、自分からつくっていくことも必要なのではないか。
自分でもびっくりするようなものたちが、自分の行為によって芽生えてきたら、変化する環境に頼らずともやっていけるのではないか。
このような思いで、「つくる」を学べる学校を探していたところ、この基礎造形専攻に出会いました。
自分だけでは生まれてこない"かたち"たち
各授業では、ある一つのお題が与えられ、様々な素材を、様々な制限の元に扱っていきます。
扱う素材は、紙や木材、布、時には街中のマンホールや自分の部屋に転がっていた歯ブラシなど、課題によって様々です。
「棒材による造形」の授業では、3mm × 3mmの棒材を扱い、造形におけるパターンと連続の規則を組み合わせながら、かたちを作り上げていきます。
素材はただの細長い棒切れなのですが、それを組み合わせてユニットを作り、それらをさらに回転させたり、拡大したりすることで思いがけない豊かなかたちが生まれてきます。
制作途中のシンプルなユニット
4本の棒材による正方形のユニット
同じ正方形の組み合わせでも全く印象が異なる
これらの造形は、自分だけでは絶対に生まれてこなかったものです。
パターンや、組み合わせなどの方法論はもちろんのこと、自分が普段見ている景色や、経験してきたこと、隣のクラスメートの自分とは全く異なる制作過程とそのアウトプット。
課題を行なっている途中で触れ合ったものたちに触発され、導かれながらかたちが出来上がっていきます。(もしくは出来上がらない)
そこにあるのは「確固たる自分の創造性によって生まれた作品」というよりも、「身の回りの環境を自分という身体をフィルターした結果出てきた"かたち"たち」です。
それは、当初想定していた「自分で新鮮な体験を作り出す」ことからは離れたものですが、驚きに満ちていて、豊かなアウトプットが広がっていきます。
あるクラスメートの衝撃的なアウトプット。
多様であることがもたらす豊かさ
「多様性が大事」といったことは最近、特に意識されるようになってきたと思います。
ただ、桑沢に入学する前は、そのことを心からは信じられていなかったかもしれません。
「多様性が大事だ」とか、「みんな違ってみんな良い」とか、頭ではわかっていても、感覚的には信じられておらず、「そうは言っても、少ない人数でがっとやったほうが良いものができるんじゃない?」と思うこともありました。
ただ、1年間様々なバックグラウンドを持った人々と、様々な素材を扱いながら「つくる」ことを続けてきて、ようやく「多様であることそれ自体」の良さがわかってきました。
同じ素材でも自分の手の中でつくられていったかたちと、隣の子の前にあるかたちが全く異なった考えや、感覚でつくりあげられていることに何度驚かされたことか。
つくるという行為によって織り込まれていく多様さ。
課題を通して様々な素材と出会い、共に向き合ってきたこの一年。
机に並べられたクラスメートのアウトプットたちは、同じ場所にあることで、それぞれの固有な「つくる過程」、そして、その「つくり手」を想像させてくれました。
「それぞれが紡がれてきた歴史やそこに至るまでの過程に意識を向けさせてくれること。」
それが、多様であることのもたらす豊かさなのだと思っています。
最後に
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。
最後にはなりますが、修了展の告知をさせてください。
2020年3月13日(金), 3月14日(土), 3月15日(日)の3日間、渋谷にて1年間の集大成である修了展を開きます。
なんとなく日常に退屈さを感じている方、つくることに興味はあるけれど何から始めて良いのかわからない方。
もしよければ会場まで足を運んでいただけると嬉しいです。
「つくること」への何かのきっかけになることを願っています。
(会期、会場の詳細は↓の記事で紹介しています。)