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信州には蕎麦とおやき以外、何もないから…などと、信州人にはよく言われるけれど…。【飲酒文化 中編】

【飲酒文化 つづき】
信州が、酒どころとしてほかの地域と全く異なる立ち位置を占めているように思うのは、ワイン用ブドウ栽培の歴史であろう。
日本酒のところで言及したように、酒蔵の数は新潟県についで2位、それだけでなく、ワイナリーの数についても、長野県は、山梨県についで2位なのである。
酒類製造における、信州のこのポテンシャルはどうだろう。
日本酒のイメージがそれほど強くない信州が、酒どころとして紹介される場合には、むしろ、ワインのイメージが先行してのものであるかもしれない。
中信・塩尻市に広がる桔梗ヶ原は、山梨県の勝沼地域と並んで、日本のワイン醸造の草分け的な存在であり、多くの冒険的な醸造家が活躍した土地である。
五一わいんの林農園、井筒ワイン、信濃ワイン、アルプスなど、県外でもある程度名前の知られている老舗のワイナリーが、桔梗ヶ原の地でワインを醸造している。
(※山梨県にアルプスワインというワイナリーがあるため、アルプスはそのままアルプスと呼ばれることが多いようだ。)
古くは、日本の土地と日本人の嗜好に合わせた甘口ワイン(蜂蜜や砂糖を加えられた甘味果実酒)が主体に造られていたから、作付けされるブドウの品種もコンコードやナイアガラなどが主流であった。
日本におけるワイン文化の浸透と、嗜好の深化に足並みを揃える形で、桔梗ヶ原一帯では、メルローなどの欧州ワインの主流品種が作付けされるようになり、桔梗ヶ原メルローとして世界的にも評価されるようになってきている。
一昔前なら、甲州ワインはマスカットベーリーAの赤、甲州種の白、信州ワインはコンコードの赤、ナイアガラの白といったイメージであったけど、
今ではメルローの赤、シャルドネの白が、信州ワインのイメージとなっているだろうか。
信州人の気質には、原理原則主義的なものが潜んでいると感じているけれども、その気質に従うならば、これから先の信州ワインは、欧州でも通用するような本格ワインを志向していくことになるのだろう。
思うに、真面目とか教育県といった言葉で修飾されることの多い信州人であるけれども、単なる真面目という言葉を用いるよりは、原理原則志向・本物志向といった言葉の方が、信州人の気質や風土を体現しているのではないかと思う。


山梨県から40年ほど遅れて始まった長野県のワイン醸造。
逆に言うなら、山梨県のワイン醸造は驚くほど古い。
江戸時代の終わりごろから始められていたというから、山梨県のワイン醸造は別格の古さである。
山梨県の文明開化はワイン産業からスタートしたとも言われていて、甲府城の敷地内なども、ワイン製造に提供されていたというから驚きだ。
ワインの聖地とも言える山梨県の勝沼周辺には、釈迦堂縄文時代遺跡群、甲州金の黒川金山、武田氏滅亡の天目山、甲陽鎮撫隊の勝沼の戦いなど、歴史的な見どころも多く、縄文土器と土偶好き、武田氏好き、新撰組好きにとっても聖地に近い土地であろうと思う。
その勝沼周辺に自生していた甲州種という白ワイン用ブドウ品種を見いだすことで、山梨県のワイン産業は発展したけれども、近年、長野県にも、善光寺葡萄という固有自生種があったことが確認され、龍眼ブドウとして白ワインが醸造されるようになっている。
勝沼町は、甲州種ブドウの発祥の地であるとともに、日本のワイン産業の発祥の地という看板もあり、甲州種やマスカットベーリーAなど、日本産ブドウを用いて醸造するワインに情熱を傾けているイメージであろうか。
山梨県では、古くからワインが生活の中に溶け込んでいたと見えて、気取らないお父さん(お爺さん)たちが胡坐をかいて、飾り気もない湯呑みでワインを飲んでいる。
対して、イメージ戦略やブランド力についてもしっかり考えている信州人は、ワイングラスで飲みたがる傾向が強いように思う。


近年、信州人は、長野県内の4つの地域をワインバレーとして発展させる計画を進めている。
このあたり、本気になったらとことん突き詰める信州人の気質が現れていると思うけれども、ここでも、真面目さという表現よりも本物志向という表現の方がしっくりくるような気がしている。
まず、中信エリアにふたつ。
犀川支流・奈良井川の流域に広がるのが、最も古い歴史を持つ、桔梗ヶ原ワインバレー。
同じく梓川など数本の犀川支流が主体となるのが、松本市や安曇野市を中心とする、日本アルプスワインバレー。
桔梗ヶ原があまりに大きな存在感であるために、中信エリアはワインバレーをふたつに分けたような格好である。
中信エリアは、ふたつのワインバレーを持つこともあって、松本市内のリカーコーナーに並ぶワインの数と種類は多い。
松本市内にあるイオンのリカーコーナーには、フードコートとして、ワインを愉しめるバルがあることからも、当地におけるワイン文化の浸透・成熟の度合いが窺い知れる。
松本市には、松本BARの街構想というものが存在していて、洋酒を嗜む大人の夜の空間作りに力を注いでいる様子である。
学都・岳都・楽都の三ガク都を名乗る松本市であるから、ジャズやクラシック音楽を耳にする機会も多く、大人の夜の空間といった表現がまさしくぴったりきてしまう。
余談になってしまうけれども、松本地域や諏訪地域では、気候柄、ギター製造も盛んである。
諏訪のコダイラ楽器が得意とするのはクラシックギター、松本のモーリス楽器が得意とするのはアコースティックギター、松本のフジゲンと茅野のダイナ楽器はエレクトリックギターと、そのラインナップにはスキがない。
南信エリアには、天竜川ワインバレー。
ヤマブドウを活用したワインなどで個性を出しているようであるけれども、ここには後述するウイスキー蒸留所もあるため、複合的な酒造エリアとなるかもしれない。
ブランデーの蒸留なども始めているので、そのうち、ブランデーと言えばこれもまた長野県という時代が訪れるのかもしれないと思う。
東北信エリアはひとつにまとめられていて、千曲川ワインバレーとなっている。
上田市・東御市・小諸市などは、立地上、関東に近く、新幹線の利用も可能であるため、首都圏からの資本提供も受けやすく、ワインバレーとしては発展著しいエリアであろう。
シャルドネやカベルネ・ソーヴィニヨンなどの欧州系ぶどう品種の作付けも多く、これからが楽しみなエリアなのではなかろうか。
あまり高級ワインの方向にシフトしてしまうと、地場産ワインを飲む機会が減ってしまうので、個人的には、ほどほどに発展していって欲しいと願う。
辰巳琢郎氏や島耕作が語り出すような、高級なワインばかりになってしまうと、少々困ってしまう。
(ちなみに本文投稿後の情報として、諏訪方面の八ヶ岳山麓地域が、5番目のワインバレーとして追加になったようである。)


信州のブドウがワインに醸されるように、信州のリンゴはシードルという微発泡性の酒として醸造される。
シードルとサイダーは同じ単語の異国語で、サイダーがジュースとして有名になったために、アルコール飲料としての本来のシードルは、ハードサイダーなんていう呼ばれ方をされるようになったものだ。
津軽出身者にとっては、シードルと言えば、ニッカシードル弘前工場がまっさきに浮かぶけれども、同じりんごの名産地・信州でも、シードルの生産は盛んである。
信州では、小規模な酒蔵やワイナリー、ディスティラリーなどがシードルを手掛け、全県的に醸造されている。
飯綱町のサンクゼールワイナリーや、立科町のたてしなップルなどが、有名どころであろうか。

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