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川沿いでアイスコーヒー

氷の入った真っすぐなグラスに、冷蔵庫から取り出した滑らかな液体を注ぐ。それが、日本でいうアイスコーヒー。けれどそればかりではアイスコーヒーの真髄を味わっていない、とドイツのアイスコーヒーの虜になってから思うのである。

詩人ヘルマン・ヘッセが青春時代を過ごした街として知られる、南ドイツのテュービンゲン(Tübingen)。ネッカー川に沿って、中心部の小さなお店が連なる。市外からの観光客が必ずカメラでとらえたくなるカラフルな屋根がテュービンゲンの象徴である。体感として半年ほども続いた長くしぶとい冬を抜けると、ホワイトアスパラガスで春を知り、アイスコーヒーで夏を堪能する。

ドイツでEiskaffee(アイスコーヒー)を頼むと、とろける甘さの生クリームとまあるいアイスクリームがたっぷり乗ったコーヒーが差し出される。ストローでつつく間も無く、時間が経つと白く重みのあるアイスが無骨に茶色いコーヒーへと浸食する。やがて固体と液体は渦巻いて、アイスとコーヒーは一体のアイスコーヒーになるのだ。

日本でいうようなアイスコーヒーはKalter Kaffee(冷たいコーヒー)だが、そもそもドイツではコーヒーといえば熱く、冷たいコーヒーなど飲まない風習だったという。ドイツのアイスコーヒー事情に驚く日本人の感想が街中にもネット上にも転がっていて、なんとも面白い。ちょっとしたカオスがコスモスを形成する様子は、嫌いではない。

Eiskaffeeは甘すぎるのではないかという指摘があるかもしれないが、それが案外丁度いい。地図を見ると驚くことに、いったい全体ドイツは北海道より北なのだ。湿気もたっぷりある日本の夏の方がよほど暑い。とろっとろに人を駄目にするEiskaffeeは日本にこそあってしかるべきものではないだろうか。

そんなこんなでテュービンゲンの夏を去ってから二年が経とうとしている。ドイツ留学先は川が気に入ったから決めたが、日本での引越し先でも心躍る川があるかどうかはキーポイント。先日富山湾が注ぎこむ神通川へ向かって歩く途中、Eiskaffeeを見つけた。日本のアイスコーヒーではなく、ドイツのEiskaffeeの風貌である。小さな看板に書かれた「アイスコーヒー」の文字は風にさらされて掠れていた。現在はどこの入り口もそうであるように『臨時休業中』の張り紙が。

やはり日本の夏には、Eiskaffeeが必要だ。


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