九州労働判例研究会8月例会 新型コロナ禍での在宅勤務に応じないことは安全配慮義務違反か

九州労働判例研究会では、毎月1回、九州各地の社労士と労働法の大学教授、そして弁護士も交えて、労働裁判例の研究を行っております。

8月例会は、ロバート・ウォルターズ・ジャパン事件(東京地裁令和3年9月28日判決)を取り上げました。


ロバート・ウォルターズ・ジャパン事件の概要

この事件は、新型コロナウイルス感染症を懸念して在宅勤務を求めたにもかかわらず、出勤させたことが争われました。

これに対し裁判所は、「通勤による新型コロナ感染を予見できない」「使用者としても十分な配慮をしていた」とし、会社の安全配慮義務違反を認めず、原告の慰謝料請求を棄却しました。


新型コロナにおける、会社の安全配慮義務、健康配慮義務

今回の裁判例で注目したのは、新型コロナにおける会社の安全配慮義務、健康配慮義務の判断基準です。

裁判所は安全配慮義務の判断基準を、「予見可能性」と「結果回避可能性」に置いています。

今回はこのうち、予見可能性について、裁判所はこのように判示しました。

被告や本件派遣先会社において、当時(※)、原告が通勤によって新型コロナウイルスに感染することを具体的に予見できたと認めることはできないというべきであるから、被告が、労働契約に伴う健康配慮義務又は安全配慮義務として、本件派遣先会社に対し、在宅勤務の必要性を訴え、原告を在宅勤務させるように求めるべき義務を負っていたと認めることはできない。
※令和2年3月

また、使用者として可能な十分な配慮をしていたことも認め、従業員の慰謝料請求を退けました。

今回は新型感染症のパンデミックという、例のない状況でしたが、裁判所は安全配慮義務の判断基準を、あくまで「予見可能性」と「結果回避可能性」に置いています。つまり新型感染症においても、これまでの裁判例に基づく判断基準に従って対応すればよい、ということです。

予見可能性と結果回避可能性

予見可能性については、裁判所は「抽象的な予見可能性で足りる」としています。

安全配慮義務の前提として使用者が認識すべき予見義務の内容は、生命、健康という被害法益の重大性に鑑みると、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧であれば足り、必ずしも生命・健康に対する障害の性質、程度や発症頻度まで具体的に認識する必要はないというべきである。

住友ゴム工業事件(神戸地裁 平成30年2月14日判決)

使用者の予見可能性としては、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧であれば足り、必ずしも生命・健康に対する障害の性質、程度や発症頻度まで具体的に認識する必要はないと解される。

三星化学工業事件(福井地裁 令和3年5月11日判決)

これに対し、ロバート・ウォルターズ・ジャパン事件においては、以下のよう示し、会社の健康配慮義務、安全配慮義務違反を認めませんでした。

当時は、新型コロナウイルスに関する知見がいまだ十分に集まっておらず(原告自身、新型コロナウイルスのことを「得体の知れないウイルス」と形容している。)、通勤によって感染する可能性があるのかや、その危険性の程度は必ずしも明らかになっているとはいえなかった。


会社には自主的な対応が求められる。法律を待っていては遅い場合がある

この判断は、感染症の態様によって、変わり得ます。

ロバート・ウォルターズ・ジャパン事件では、令和2年3月の状況が争われました。当時はダイヤモンドプリンセス号での感染拡大直後、東京では1日あたり0人~10人の感染推移だった頃です。今とは、かなり状況が異なります。

例えば、より感染力が強い、通勤がリスクになるような病気が広がる状況であれば、当然この判断は変わりうるということです。その意味では、感染症の性質を、個別に見極める必要があります。

これは、法律や行政の動きを待っていては遅く、企業が自主的に、動かなければならない場合があります。

過去には、胆管がんが多発した会社で、当時は法規制の無い物質を扱っていましたが、労災認定の後、従業員に1人1千万円の補償と社長の略式起訴に至った例がありました。

この物質(1,2-ジクロロプロパン)は、当時は法規制は無かったものの、アメリカで発がん性が指摘されていました。

法律の規制だけを頼りにしていては、従業員や会社を守れない例といえます。会社は最新の情報を仕入れ、自主的に安全対策をとる必要があります。


在宅勤務・テレワークを導入する目的の変化

在宅勤務に話を戻すと、仮に通勤がリスクとなる感染症が起これば(そのような感染症の流行があるかはさて置き)、在宅勤務を実施するのは、安全衛生上最低限です。

最近はこれを超え、従業員の参画を増やす、あるいは能力発揮のために在宅勤務やテレワークを採用する会社が、私の周りでも出てきています。

他方では、会社の志望動機に、テレワークの導入状況が影響を与えているアンケート結果も、出てきました。
こちらの調査では、転職の際にオフィスワークとテレワークを取り入れた「ハイブリッドワーク」の有無を重視する、と答えた個人は約7割にのぼりました。


会社と従業員との対話が重要に

今回の裁判例では、判決文には明確でありませんが、従業員が自己判断で勝手に、始業・就業時間を変更したことが伺えます。

従業員と会社の間に、対話と説明が足りなかった、不幸な例かもしれません。

一方で、私のまわりで自主的に在宅勤務・テレワークを採用した会社は、従業員と会社の対話を行って、導入した例を見かけます。

これがすべての会社にとって、いい方法であるとは限りません。ですが、従業員と会社で、対話を欠かすことのリスクと、対話を行うことのプラス効果を検討することは、あっていいと思います。

なお、直近のアンケート調査によれば、テレワークの目的は、いわゆる感染防止の3密回避目的が大幅に減少する一方、働き方改革の推進、あるいは人材採用確保(遠隔地、優秀な人材)の目的が、大きく伸びています。

従業員のニーズがどこにあるか、あるいは会社の人材確保や定着の課題にどこまで対応するかを、見極めた上での対応が、必要になります。


九州労働判例研究会とは

九州労働判例研究会では毎月1回、九州各地の社労士と労働法の大学教授、そして弁護士も交えて、労働裁判例を研究しております。

研究会では、noteで紹介したもの以外にも、九州各県の社労士から様々な実務面での問題提起が、活発に行われています。

オンラインと会場開催の両方で、お届けしております。
※9月の研究会のみ、スクーリングのため会場開催のみとなります。
よろしければ、ご参加ください。


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