イラスト2

シリアから来た子(2)表面だけ日本人

 2学期が終わり、F君にとって最初の日本での冬が来ました。
 小学校から帰ってきたF君と和室の子供部屋に座っていると、妹のYちゃんが紙で作ったクリスマスツリーをもって保育園から帰ってきました。
「せんせ、クリスマスだよー」と大きな目をきらきらさせてYちゃんが見せてくれます。その後ろにヒジャブ姿のお母さんが、微笑みつつもしかたがないというような表情をしてYちゃんを見下ろしていました。
 
 F君は冬休みの日程表と宿題を青いランドセルから取り出し、私に見せました。冬休みの日誌と書かれた薄い冊子をパラパラとをめくると、なわとびの目標回数、大晦日の話、お正月のことばなど、冬の行事に関する言葉が目に飛び込んできました。私が小学生のときからあったこの宿題。どれも馴染みのあるものですが、F君にもF君の家族にも未知のものばかりです。

そしてこんなページがありました。 

「うちの中でお正月らしいものをさがして絵をかいてみよう」
       れい:ねんがじょう、かがみもち、おせちなど。
 
 F君のうちの中を見回してみても、当然のごとくお正月を思わせるものは何一つありません。和室の薄茶色の壁は、雲の浮かぶ空色の壁紙が貼られ、ふすまを取り外した押し入れは百均の店で買ったらしき小物入れがあるだけです。台所のテーブルにはシリアでよく食べる円くて薄いパンと少し茶色くなったバナナ、そしてピスタチオクリームのシリアのお菓子。

 お正月2日の日、私が台所でおせちの中から伊達巻を3切れ取り出しラップに包んでいると、主人がやってきて聞きました。「What are you doing?」私が冬休みの宿題なんだと説明すると「Wow. アメリカはいろんな人がいて宗教もちがうからそんな宿題ないよ。日本らしいね。」と言いました。

 それから余った年賀状に大きく                   あけましておめでとう。ことしもよろしくね。 せんせい。       と書いて伊達巻と一緒にバッグに入れ、F君の住む公団に向かいました。

 公団の集合ポストの中で唯一カタカナで名前の書いてあるポストを開いてそのチラシでいっぱいになっている一番上に年賀状を置き、5階にあがりました。                               「こんにちは」                           ドアを開けて中に入り、テレビを見ていたF君に、ポストにいい物があるよというと、F君は急いで5階の階段を降りていきました。はがきを手にして少し拍子抜けしたような顔のF君に、年賀状だよ、と言いました。

 それからリビングのソファに座り、バッグから伊達巻をだすと、すぐさまF君も妹のYちゃんが「ちょーだい!」と手をだしました。横で見ているお母さんも末っ子のRちゃんも興味津々の目つきで見ています。
F君とYちゃんは、伊達巻を一口食べて一言。             「・・おいしくない」 
お母さんもいいちょっと苦々しい顔をしてもういいというような手ぶりをしました。

(甘いもの大好きなのに、何が違うの??)伊達巻はわたしの大好物だったので、もってこなきゃよかった!と少し不満に思いました。しかしこれは宿題のため。私は日誌のページを開き、言いました。

「F君、これ、ここに絵かける?」

 F君は四角い枠の中いっぱいに力強く大きい丸い渦巻を描き、黄色くそめました。少しシュールな感じもしましたが、ページ上のお正月という言葉のおかげでなんとなくおさまっていました。
こうして冬休みの日誌が完成しました。

 帰り道、なにかすっきりしないものもありました。年賀状が喜ばれなかったから?伊達巻がおいしくないと言われたから?

 家に帰ってバッグをおろしながら家族に報告すると息子も主人も、もったいない。何も無理してお正月しなくてもと言いました。        「でも宿題だから、一人だけしてないとかわいそうでしょ。」

・・確かに無理してそんな宿題をする必要があったのかな?

 その翌年からはお正月の宿題は手伝いませんでした。そして担任の先生にシリアの文化を紹介したらどうかと提案しました。それからいつだったか覚えていませんが、お母さんから学校でヒジャブをきてシリアを紹介する機会があったと言うのを聞きました。

 あのにぎやかで忙しかったお正月から数年が過ぎ、今年は下の息子と二人だけのお正月。お正月くらいは華やかな花をと、私が生けた銀色にスプレーされた柳とみて息子が何か恐ろしいものを触るかのようにそっと柳の先端にふれ、言いました。

「かわいそう 表面塗っちゃってるのこれ?自然のほうがいいな。」

「でもお正月だから・・」とあの時と同じように返した私。確かに自然の美しさを生かしてあげるべきなのかもしれない。

悪気はなくても、あの時の私は、宿題、ルール、一般的という言葉にとらわれて、栗色の髪を黒い髪にしようとする先生のようになっていたのです。


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