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自己啓発

 日本でも自己啓発本が人気ですが、特にアメリカの人は自分を変えることに熱心な人が多いような気がします。日本では、努力、積み重ねと言うような考えか多いような気がしますが、アメリカでは閃きというか、なにか斬新な方法を試すというほうが人気のような気がします。

 Hさんもその一人で、日本語学習に関しても常によりよい方法を模索し、試していました。最初のレッスンでHさんは、自分が日課としている勉強法について話してくれました。内容ははっきりと覚えていませんが、たしかフラッシュカードで語彙を覚えたり、外国人向けに書かれた日本語のニュース記事を毎日1つ読むといったものだったと思います。さらに、週に1、2回は日本語の短いビデオを英語字幕なしで見たり、Skypeを使った私とのレッスンで会話力をのばすという計画です。まさに、読む、聞く、話すの全てをとりいれた素晴らしい計画です。

 それでもHさんは、なかなか効果に満足できません。毎回のようにレッスンで「毎日の事ね、朝散歩してる時とかに思ったこととか、な~んて日本語で言うのかな~って思うんだよね。もう20年も勉強してるのに、ふつーのことがまだまだ言えない。」と流暢な日本語で自分の日本語の不十分さを語ります。「Hさんの日本語は、すごく自然で上手ですよ。」と私が励ましても「先生は優しいな~、でもね、LIfehacker みたいな、こういうのを日本語で読めるようになりたいんですよ」と続けます。

 Lifehackerは、まさにHさんのような、IT企業でばりばりと仕事をこなし、自分を高めようとする人のマガジンです。使われている用語は流行りの言葉もあり、造語もあり、たしかに、日本語を流暢にはなすHさんでも難しい内容です。おそらく普通に日本語学習者用の教科書で勉強しても学べない言葉が多いでしょう。時間がかかってもどんどん読んで語彙力を増やすしかありません。

 そうはいっても、仕事が忙しくレッスンすらも会社の昼休みを利用してオフィスで行うくらいのHさんには、なかなか日本語に時間をかける時間がないようでした。自己啓発のためにいろいろな本を読んだり、セミナーに行ったり、さらにジムに行くことも日課にしているので大忙しです。黒く引き締まった肌にいつもおしゃれなシャツを着こなしいて、いわゆる「意識が高い人」という印象の人です。無駄な時間がありません。

 常に目標を持ち、新しい方法をみつけては実行していきます。「先生、最近はね、アイデアスケッチを始めましたよ。思い浮かんだこといろいろ浮かんだことを絵にかいていくの。そのために、ほら、ボードも買いました。」とボードを見せてくれたこともありました。また、日本語を勉強するためにサイトのリンクもよく紹介してくれました。「いい読解のサイトをみつけましたよ。英語と日本語の両方があるからわかりやすいですよ。」「いいビデオ見つけましたよ!短いから見やすい。」本来なら私が紹介すべきなのですが、Hさんのほうがずっと熱心で詳しいのでした。

 そんなある日Hさんは「いや~あのね、先生。上司にね、変わろうと思ってることがダメって言われましたよ。」とため息まじりにぼやきました。しばらくの間、意味がわかりませんでしたが、その上司が言うことには、変わろうとか、何かルールを作ることがだめだそうです。抽象的な話題ですし、日本語と英語のニュアンスの違いもあるので、もしかしたら違う意味かもしれませんが、なんとなく、その上司が言いたいことがわかる気がしました。

Hさんは「まだまだだね~」と言いつつも、なにか納得してない様子でした。

 そうこうしているうちに一年がたち、12月に入ったころ、Hさんが「次のレッスンは一年の反省と来年の目標のアドバイスが欲しい」と言いました。Hさんらしい!と私は妙に感心し、簡単にHさんの弱いところとアドバイスを箇条書きにしてまとめてあげました。

「ありがとうございます先生!じゃ、これで来年もがんばりますよ」

 その翌年から、Hさんからのレッスンリクエストがぱったりと途絶えました。てっきり冬の休暇でどこかに行っていて、またそのうち戻ってくるんだろうと思っていた私は、ようやく「ああ、私とのレッスンもHさんの新たな方法の一つであって、もう違う方法を始めているんだなと気づきました。

 今、これを書いているのは1月。いまごろHさんはまた新たな目標をたててそれに向かって新たな方法を試みているのでしょうか。そんなHさんのことを想像するとなぜか微笑んでしまいます。目標を達成することより、常に何かそんなことを考えてるのが楽しいんだろうなあと思うのです。なんて言ったら、Hさんに「違うよ、先生」と言われるかもしれませんが・・。


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