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魔女は陸軍兵


 Zさんとは私がまだフリーの日本語教師として働き始めたばかりのころ、カナダに住んでいる友達を通して知り合いました。日本の朝9時、カナダでは夕方5時くらいで、Zさんの仕事が終わった後のビデオレッスンでした。

 ビデオ越しに上半身しか見ることができませんでしたが、Zさんは小柄な感じのかわいらしい女の子でした。彼女の家族はフィリピンからの移民ということで、肌は健康的なココア色で、目は好奇心いっぱいの小鹿のようにきらきらしていました。小柄ながらもカナダの陸軍に勤務し、週末にはよく仲間とラフティングやバーベキューを楽しむアウトドア派で、動物を愛するベジタリアンです。 そしてストレートのつやつやの髪は、寄付をするために一年に一度しかカットせず、いつもゴムですっきりとまとめていて、仕事帰りの黒い陸軍のTシャツ姿でした。部屋にはチェスのボード、ギター、熱帯魚が泳ぐ小さな水槽があって、20代前半の女の子というよりは中年の一人暮らしの男性という雰囲気です。

 そんなZさんが日本語を勉強を始めた動機は、「ブリーチ」というアニメでした。わたしはまったくそのアニメを見た事が無かったのですが、幸いうちの息子たちがそのマンガをもっていたので、少しだけ読んでみました。主人公が悪霊を退治する死神になる話です。世代のせいか、今一つピンとこなかったのですが、なんとなくZさんが好きなのがわかるような気がしました。

 ある日のこと、いつものように「週末はなにをしましたか?」と尋ねると、「週末は魔女の集まりに行きました。」と答えました。「魔女?」聞き間違えたかと思い、オウム返しに言いました。「はい、魔女です」とはっきりと彼女は答えました。「私は魔女を信じています。魔女を信じるグループがあります。私も魔女になる練習をしています。」アニメの見過ぎ?中二病?と思わず思ったのですが、どうやら魔女を信仰するグループがあるらしいのです。   

「そのグループで何をしたの??」「輪になって魔術をしました。でも、今回はうまくいきませんでした。」軽く笑ってZさんは答えました。 そして胸元からそっと特別なネックレスをだして見せてくれました。「これは、そのグループのネックレスです。いつも持っています。」ビデオ越しで少しぼんやりしていたこともあって、はっきりとは見えませんでしたが、見たことのないモノクロのデザインでした。さらに、「わたしは魔女になる勉強をしています。」と言って、百科事典よりも分厚い、まるでハリーポッターにでもでてきそうな大きいな魔術書を抱えてみせてくれました。中はよく見えませんでしたが、小さな文字でびっしりと何か書いてあり、いかにも秘密の本と言う感じでした。

 Zさんがそれらのことをごくごく普通に当たり前のことのように話したせいで、その日のレッスンのあと幼稚園に息子を迎えに行ったとき、幼稚園の子供たちと「おかえりなさい!」と迎えてくれる保育士さんたちのほうが非現実に感じさえしました。

 その後1年半ぐらいたち、ブリーチも一緒に読めるようになったある日、Zさんからメッセージ書きました。「父のビジネスがうまくいかないので助けないといけません。レッスンはしばらくお休みします。いままでありがとうございました。」

お父さんのビジネスが傾いたことは本当だったのかもしれませんが、Zさんの目標であるブリーチを日本語で読むことが達成できたので、満足したのかなと思います。

陸軍で働きながらまだ魔女を目指しているのでしょうか・・。

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