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「HOTEL315」 10/17話

4・格闘リーグ戦会場 準決勝戦再び

「ファイブ、シックス、セブン・・」

  リング・レフリーがコーナーサイドで倒れている成牛選手にカウントを言い渡す。カウントしながら一向に動く気配がない成牛選手の近くへ顔を覗かせると、目は見開いたままだがそこに焦点は合ってはいない。
  更に口を小刻みに震わせ泡が少量ながら噴き出してくる。それを確認したレフリーがすーっと背筋を伸ばし頭の上で左右の手を交差、そしてまた手を広げまた交差。その動作を繰り返ししながら叫ぶ。

「ストップ、ストップ!」

  レフリー・ストップ

「カンカンカン・・・」

  試合続行不可能と判断したレフリーがTKOを発動すると試合終了のゴングが響き渡り、会場からは大きな歓声が鳴り響く。
  リング上でレフリーから手を上げられる武士。大粒の汗と攻撃を受けたであろう脇腹部分の赤く腫れあがった場所が目立ち、激しい熱戦が繰り広げられた勲章とでも云うべきなのだろうか。辛くも勝利した武士のその顔は晴晴とも疲れているとも安堵したとも、どれにでもとれるようなそんな表情。
  コーナーでは成牛選手に関係者が駆け寄り声を掛ける者、上の方からタオルを靡かせ風を送る者、身体を揺する者、それでもまだ反応しない。
「やりました、やりました牛田選手。初挑戦にして初の決勝戦に進む事になりました」
  武士は手を降ろすと正面、右、後、左と四角いリングの四方へそれぞれに頭を下げてその声援に応え感謝を表す。その礼が終わった所で実況席からアナウンサーと強牛選手がリング上に上がってくる。
「それでは皆様、明日のリーグ決勝戦で戦う両選手にお話とその意気込みをお聞きしたいと思います」

「わ~」

  歓声は鳴り止まない。
「まずは今日勝利を納めました牛田選手。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「勝利してレフリーから手を上げられた瞬間はどんなお気持ちでしたか」
「はい。とりあえず終わったなと思いました」
「それからひとつひとつの方角。この四方へそれぞれ一礼しました」
「はい。皆様の声援があってこそ、こうして今ここに立っていられます」
  声援が更に大きく成る。

「明日はいよいよ決勝戦です。対戦する強牛選手は過去3回その場面を経験しています。強敵だと思いますが何か作戦でもありますか?」
  牛田選手は強牛選手の方を見ると直ぐに睨み返され、そして不敵な笑いをされる。
「特にありません。何をしても通じる相手ではないので。全力でぶつかるだけです」
「ありがとうございます」
  大勢の大きな拍手が鳴り響く。
「では強牛選手。初めて牛田選手とぶつかります。どのような印象でしょうか」
「いや、素晴らしい選手が出て来たなと思います」
  声援が飛び。両選手はその歓声がする観客席に手で笑顔で合図して答える。
「しかし私は3回決勝戦を経験していますが、未だチャンピオンには成っていません。今度こそはチャンピオンに、その頂点に立ちたいと思ってます。だから皆さん。明日は私に強牛に賭けてください。損はさせませんよ~」
  その言葉が聞きたかったのか、観客の声援は大きく更に大きく響いた。
「では最後の質問です。牛田選手。今日の対戦で既に大金を手にしていますが、また明日の決勝戦で勝利すれば更にその額は増えます。何に使いますか」
「国で待っている母に恩返ししたいと思います」
  観客の声援に笑顔で手を振って答える牛田選手。
「素晴らしい心がけですね。強牛選手は」
「俺は俺の為に使いますよ。そんな優しい気持ちじゃ勝負にならないぞ。だから俺に賭けたやつは大金持ちになるぞ~」

「お~!」

  どよめく観客。後方から静かにこの対戦で破れた成牛選手が牛田選手に近づく。寸前のところでそれに気づいた強牛選手が両腕で抱え込んで静止させる。成牛選手は強牛選手を見て小さく頷く。
  それを見た強牛選手が両腕から力を解放する。それを見た牛田選手。成牛選手が手を差し伸べる。牛田選手は一瞬驚いた表情を見せるがそれに答えるように右手を差し伸べガッチリと握手を交わす。
「いい試合だったよ」
「ありがとうございました」
  成牛選手から牛田選手へバトンが渡されたように次の階段を上がる牛田選手。会場はまた歓声と大きな拍手に包まれる。

「牛田選手、強牛選手、そして成牛選手でした~」

  会場内には音楽が流れだす。リング上の選手は皆観客の声援に応えながら、それぞれのタイミングでリングを降りて行く。セコンド、関係者と共に入場通路を逆に退場通路として、そしてまたその声援に応えながら会場を後にする選手、関係者たち。そして会場内からその姿が見えなくなると別の音楽が流れ、その音量が徐々に増して行く。それはどこかの店舗が閉店で流す音楽を

「もう終わりなんで帰ってくれますか」

的なニュアンスで別れの音楽を流しボリュームを上げて鬱陶しくさせる為と同じなのか。
「皆様、ありがとうございました。お気をつけてお帰りください」
  追い打ちのアナウンス。観客はそれぞれのタイミングで席を立ちそれぞれのタイミングでその会場を後にする。その後にはゴミの残骸が会場を支配する。会場の外では出場選手やこの会場内に来ていた選手がお客様を見送っていた。ハイタッチする選手、サインをする選手、背中をたたく選手、それぞれのコミュニケーションでお客様と接する。
  最後のお客様が会場を退館すると関係者が扉を施錠する。それをみた関係者。
『お疲れ様でした~』
  一斉に上がる声。そして全員がまた会場内に戻る。会場内は試合の照明とは異なり家庭にいるような明るい照明がついていた。リング上を整備し直すスタッフ。PAを整理するスタッフ。それぞれの役割をこなす。そして選手たちは観客がすてた会場のゴミを拾い集め大きなゴミ箱を管轄する清掃係に拾ったゴミを集約させる。それは見た目キレイになる迄続けられた。
『お疲れ様でした~』
  会場内の照明が消灯されると会場の裏導線、裏玄関から選手、関係者が会場を後にする。近くの駐車場に移動すると大きなバスに皆が乗り込んでいく。その中では牛田武士選手と対戦した成牛千太選手も一緒。
  リングを離れれば同士。敵も仲間である。もう既に真夜中ながら皆はそれほど疲れていない様子。これからが自由時間だから。
「おい、これから行く?」
「いいな、いっちゃう?」
  そんな会話がバス内に飛び交う。
「おい武士。お前も行くか?」
「え~?」
  武士が少し考えていたところ関係者から声を掛けられる。
「お母さんがホテルに来てるって」
「えっ?」

5・滞在先ホテル
  バスがホテルに到着する。尚美はロビーのソファーで剛造と共に武士の帰りを待っていた。バスの照明がホテルに到達すると、それに反応した尚美がそのバスを迎えにホテルの外に出ると剛造はそれに反応するがその場に立っただけ。
  バスが車寄せに到着すると選手、関係者が次々と下車し武士が降り立つと待っていた尚美が近寄る。
「お母さん。どうしたのこんな夜更けに」
「あのね」
「お母さん」
  剛造が後ろから声を掛ける。尚美は話そうとしている事を静止されたようだった。
「こんな夜中だし武士の部屋はツインだから。今日は一緒の部屋で寝ると良い。久しぶりだろ。じゃ俺はこれで」
  武士、尚美は無言で剛造がホテル内に姿を消す様子を追っていた。
「どう、腹減ってない?」
「あんたはいつも優しいね」
「とりあえずさ、部屋に入ろう」
  2人はホテル内に入り武士はフロントに寄る。ホテルスタッフから部屋の鍵を受け取り目的の方向へ姿を消して行った。
「おい、大丈夫だよな」
「なにが」
「・・・・」
「もしかしてお前!」
  関係者の男性2人が話していると後ろから千太が1人の関係者の頭に平手を打つ。
「いてっ」
「アホ。何が大丈夫だよな、だ」
「しかし成牛選手」
「何心配しとんねん」
「しかし親子と云っても男と女だし・・・」

『パシッ!』
  
  成牛選手は一瞬戸惑った様子だったが、また平手をそのスタッフにかました。
「いてっ」
「そっちかよ」
「えっ?そっちかよって?」
「まあ、ええ。そのどっちも大丈夫って事だ」
「どっちもって」
「そうですね」
  もう1人の関係者が悟るように云う。

「武士ならどっちも大丈夫ですね」

「今日の準決勝戦の前。ああ正確には昨日か。まあ言ってくれますよ。あの組織の面々が。何度聞いた事か。確かにそう、それはそう。だからって俺は逃げてはいない。正々堂々と勝負をして負けただけや。そしてある程度歳を重ねたから今度は違う役目を与えられただけの事」
「牛田選手も納得したんですか?」
「奴の一番の目的は母親への恩返し。自分の事なんか思っちゃいない。28に成るまで女にも手を出してないだろう」
「えっ?遊びでも?」
「マザコンと云えばマザコンかも知れない。でもな、そのマザコンの意味が違うんだよ。本当に感謝しているんだ母親に。自分が自由にやりたい事をやらせてもらってその裏でその為に苦労した母親に感謝しているんだよ。片親だったし。だからこの先を心配しないように残すつもりだ奴は」
「そうでしたか。だからどっちも」
「真面目だから」
「くそ、がつきますね」
「確かに」
「今日の決勝戦はホントのぶつかり合い。武士の有終の美が楽しみだわ。いい選手だった」
「ってまだ終わってないでしょ」
「いや多分な。俺は武士に賭けてるし」
「えーっ?関係者が賭けて良いですか?」
「しっ。内緒やで。少し分けたるから」
「でも今日のファイトマネーは?」
「少しとってある。今からいくか?」
『おー』
  その3人はホテル内には入らずそのままタクシーに乗り込んだ。

11/17話へつづく


〇陸の場面中心でした。
結果はわかっていても全力でぶつかる。逃げない。
それが宿命って・・・恵に感謝します
つづき読んでいただければ幸いです。



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