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「HOTEL315」 8/17話

『大会新記録!』

  前回のタイムをまた更新。海人は両手を上げて雄たけびを上げる。会場は祝福の拍手を海人に贈る。
  しかし奈波だけは動じない。海人は奈波がいる最上段に目をやるといつもと違う奈波の様子が気にかかり自分もいつものように喜べない。

「なんだよ、なんなんだよ」
  奈波の様子が気に入らない海人。海人はプールサイドに移動してすぐさま水と別れるとそのままレーン4へ移り自分の荷物を手にする。そしてまた奈波の方を向く。奈波は手を振ることも何かを合図する様子もない。
「海人~やったな~」
「海人~お疲れ様、次もがんばれ~」
  水難大学水泳部関係者が激励の言葉を放つと海人はそれに答えるように笑顔をつくり、手を振る。
「おめでとう」「凄かったな」
一生に戦った選手から祝福をうける。海人の肩を叩く選手。握手を求める選手。中にはデジカメで海人と写真をとる選手も。その用を済ませると次々に会場袖へ歩いて行く。その後を海人は追うように会場の袖に移動する。今のその気持ちを表すように大好きな場所に未練など残さずにその姿を消した。溜息をつく奈波のところに秋波が近寄る。

「どうした」
  奈波は秋波の方をキツイ顔でにらみつけた。
「それってどうゆう意味ですか?」
「ん?」
  奈波は目線を秋波から勢いよくそらす。それは『ふん!』と云う表現によく似ていた。そして勢いよく秋波を避けるように、狭い通路に突撃するように秋波との距離をみるみるうちに放していった。
  
  海人はロッカー室内にいた。大きなタオルを頭から覆うようにしたまま木製の長椅子に腰をかけ目は夢遊病者のように虚ろでその目線の先の灰色の床を意味もなく見つめている。両肘をそれぞれの膝に乗せ両手は指を交互に重ねたその姿。
  それは緊張しているのか、武者震いなのか、それともまったく競技とは関係のない事に気を取られているのか。その先には選手や関係者が左右を行きかう。海人にとってはそれは連続していない絵が動いているような活動写真のような感覚なのか。

『パン!』

  突然海人の背中に衝撃音と衝撃が走る。その勢いで少し前のめりになったが特に気にすることもない。でも何があったのか確認するためにゆっくりと振り返った。
「さあ次がファイナルだ。最後は俺が頂点に立つからな」
  共に決勝戦に進む祥吾が激をとばす。
「なんだその顔?ちゃんと俺と勝負しろよ」
  驚いた顔だったのか、それとも落胆した顔だったのか。もちろん自分の表情が相手にどう見えてるかなんて分かるはずがない。でも自分が今どんな感情なのかは自分でしか分からない。
  そしてどんな感情であれ、どんな状況であれ、今はそこにある自分のするべき事に全力で挑む事が、それがベストであるはず。そう、そうしなければ相手に皆に失礼じゃないか。
  海人は咄嗟にそれを理解して祥吾に対して面と向かってニッコリと今の最高の笑顔を送る。

「次も負けませんよ」
「おお、そう来なくちゃ」
  祥吾は海人の左腕あたりを『ポンッ』と軽く叩くと静かな闘志を燃やしたのか。海人の目をしっかりと見ると海人も祥吾の目をジッと見る。その間には何かがぶつかり合っているよう。それを火花と云う物か。
「海人~」
  ロッカー室の外から海人を呼ぶ女性らしき声が聞こえる。
「さすがヒーローはモテるな」
  祥吾はその場を去ろうとすると海人の耳元でささやく。
「まあ決勝戦の後は俺がヒーローだけどな。だから逃げるなよ」
  海人は表情ひとつ変えずその言葉を受け取った。祥吾は1歩2歩と海人との距離を放していった。
「海人~いるの?」
  海人は自分を呼ぶ声の方へ向かっていく。

  奈波はロッカー室の外で海人を待っていた。それは何か思いつめた表情とも何かに怒っている表情とも受け取れる。海人の決勝進出と大会記録更新を素直に喜んではいないようだ。海人がロッカー室から出てきて奈波を確認した。
「海人」
「なんだよその顔。誰かの葬式でもあったのか?」

『パシッ!』

  奈波の平手が海人の左頬にヒットした。
  奈波は海人の目をジッとにらむ。海人は奈波のその行動に驚いたのか少したじろぎ目が踊っている。それは先程祥吾とお互いの目を見合った状況とは明らかに違っている。奈波の表情が徐々に悲しみが繁殖していく。
  次の瞬間、奈波が海人に抱きついた。
「ななみ・・・」
  その抱きつく奈波の両腕は強く、そしてキツく海人の脇腹を締め付ける。
「喜んでくれないのかい?」
「・・・・」

『ピューピィーー』    
  その光景を通り過ぎる者がヒヤカスように口笛を鳴らし笑う。
「こまったなあ」
「おめでと」
「ああ、ありがと」
「すごいよ。さすが海人だと思う」
「・・・ありがと。そろそろ放してくれない?」
  奈波は海人に抱きつく両腕の力を開放し1歩後退する。でも下を向いたまま海人を見ようとはしない。
「どうした?なんかあった?」
  奈波は顔を上げて海人の目をまた睨んだ。

「この先の意味を知ってるの?」
「この先?」
「決勝戦に残ったって意味を知っているのかを聞いてるの!」
  奈波が声を荒げるように言葉を放つとその周囲が一斉に反応するが、またすぐに無反応となりそれぞれがそれぞれの行動をとる。
  海人は方々を見渡して『大丈夫か』のような感覚だが、そう言葉にした奈波の気持ちは自分に対して良い感情を抱いているのを感じられて嬉しかった。そして自然と笑顔になった。

「何を笑っているのよ。何がおかしいのよ。何が・・・」
「奈波。ごめん。奈波の。その奈波の気持ちが素直で、ストレートで。だから嬉しくて。俺はすごく幸せものだって」
「海人」

「決勝戦に進む意味、知ってるよ」

  奈波は少し驚いた表情を見せる。そして次の出る言葉に一瞬の間ができた。
「・・・じゃ帰ろ。もう十分でしょ。海人は一番を証明できたからさ」
  海人は口に力を入れて横一文字にすると頭を左右に振る。
「えっ?何それ」
「俺は逃げない。今そこにある、今その先にある事に全力を尽くす事にする」
「なに言ってんのよ」
「そうじゃないと、真剣に挑んでくれた皆に失礼じゃないか。奈波もわかるだろ」
「・・・・」
「いつか、いつかは誰もそうなるでしょ。何かに悔いを残すのは俺の性に合わないから。だから」
「だったら私と一緒じゃダメなの?」
「俺が先に進むのは一分でも一日でも長く君に生きて欲しいから」
「海人・・・」
『競泳決勝戦に出場する選手は準備をはじめてください』
  会場内の関係者向けにアナウンスが響き渡る。

「いかなきゃ」

  秋波が2人を発見して近づく。その表情は似合わないほど真剣。
「コーチ、後はお願いします」
「おう」
  秋波の応答はその状況を認識し、海人の覚悟と奈波の気持ちも包み込むようなハッキリともそうでないともいった返事だった。でも全てがつまっていた。海人はまたロッカー室の中へ足を運ぶ。
「海人!」
  奈波は涙を浮かべて海人の後方から強い口調で海人の名前を呼ぶと、その姿を追うように足を前に踏み出す。しかしそれを阻むように秋波の手が奈波の腕に絡み奈波のその勢いが殺された。
  海人は振り向くことなく奈波と秋波に背を向けながら歩き進み右手を顔の位置まで上げると見事なサムズアップを送った。
  そしてそのポーズを眺めて後ろ髪を引くように見送る奈波と秋波。その所に水難大学水泳部の関係者も合流。海人がロッカー室の中に消える寸前にその後ろ姿をかすめた。
  ロッカーの中を進む海人のその顔は何かが吹っ切れたような、また闘志がみなぎるような、そのどちらとも取れるようなその表情にその覚悟が垣間見える。

〇HOTEL315
 3・昼を過ぎた頃・宴会会場
  GM航大のスマートフォンがバイブレーションで震える。
「はい行方です・・・・はい、はい・・・・直ぐにお伺いいたします」
  航大は通話を終わらせスマートフォンをスーツ内側の内ポケットに収納する。そこはGM室内。デスクの椅子に腰かけている航大は今1人だけの時間なのか。それとも航大以外のスタッフがこれから起こる出来事の準備をして忙しいのか。
 ひとり静かに目を瞑り暫く身動きしない航大。そしてまた静か目を開くとゆっくりと立ち上がる。スーツの襟を正しその部屋を出て行った。

『バタン』

  宴会場のひと部屋の扉を開く航大。その部屋は広くもなく狭くもない処で四方が壁に覆われ静かに過ごすには適しているように感じる。主な用途は宴会会場と云うよりは控室に適しているよう。
  派手でなくベージュを主体とした色で統一され天井はシャンデリアではなく大きな照明が中央に位置する。その他は天井埋め込みのライトが所々に配置される。

「ようこそサンズ王妃」

  その部屋内中央に配置された子供用遊戯用スペース。ぬいぐるみ、スポンジ用具、積木等のおもちゃ類が方々に見られる。
  それを柔らかい長椅子がそのスペースを囲う。スペース内では2歳~5歳位の幼児男女が3人そのおもちゃ類で遊ぶ。幼児一人一人にはそれぞれ付添人が付いている。その様子を囲いの長椅子に座って見つめるサンズ王妃とその一族。数名はその後方で立ちながら見守る。
  部屋の澄にはキャリーバックや荷物が一角に集められていた。サンズ王妃は航大の呼びかけに反応してその場で立ち上がる。航大はサンズ王妃目掛けて歩み寄り、近距離になった時大柄の男性に静止させられた。ボビーS、サンズ王妃のボディーガード。

「ボビー大丈夫よ」
  ボビーSはサンズ王妃に一礼して後退りし航大に道を譲る。航大はサンズ王妃の前で跪き、王妃の左手をとり手の甲にキスをする。王妃の手は白い手袋に守られており航大はその手袋にキスをした。
「当HOTEL315のゼネラルマネージャー行方航大でございます。ご滞在中はご不自由が無いようにお世話させていただきます」
「ありがと」

  その様子を見るサンズ一族。そのサンズ一族を見守るホテルスタッフ。スタッフの耳にはシークレットサービスがよくするインカムが装着してある。
「道中お疲れの事と存じます。直ぐお部屋の方へご案内いたします」
「ありがとう。皆を頼むわ」
「皆と申しますと?」
「私は少し飲み物をいただきたいのでバーへ案内してくれる?」
「承知いたしました、私がお供いたします」
  航大はホテルスタッフへ合図を送るように小さく頷く。
「さ、お部屋にご案内いたします」
  航大が作成したプランに沿って役割分担通り動くスタッフ。王妃の妹夫婦とその子供。国王の妹夫婦とその子供。それを世話する付き人たち。航大は部屋を見回すと不思議そうにサンズ王妃に尋ねる。
「王太后のお姿が見えませんが・・・」
  サンズ王妃はニッと笑い下を向き、直ぐに航大を見る。
「国王を追って行ったわ」
「なんと」
「国王はマザコンだから」
「さようですか。とすると御付きの方を含めて2名減でしょうか?」
  航大はホテルスタッフにまた合図を送ると皆その場に留まって部屋の中で待機する。
  航大は一族の人数を数える。そしてサンズ王妃を見る。
「お1人足らないようですが・・国王様の弟君」
「彼は1人でこのホテルの隅々を探索しているわ」
「それはココをお疑いになっていると・・・」
「いえ、私は信じてるわよ。今日の事は信頼筋からのプランだから。でも彼は・・」

「俺ならココにいるぞ」

  サンズ国王の実弟、ロウ・サンズが宴会場の裏導線の扉を開いてその部屋に姿を見せる。
「ボディーガードよりボディーガードらしい」
  航大がそう呟くとボビーSが一歩航大に近づいて睨みを効かせる。ロウは部屋中を見回し、それからホテルスタッフをひとりひとり確認する。
  未来の前で立ち止まると右手でアゴの当たりを右手で下から掴み未来の顔を少し上げる。未来はロウを睨む。次の瞬間、彼は未来の足元に倒れていた。ボビーSが未来に飛び掛かろうとする。
「ボビー」
  サンズ王妃の声にボビーSが反応し立ち止まる。
「貴女の勝ちね」
  未来はサンズ王妃の方を睨む。ロウはゆっくりと立ち上がると今後はやさしい表情で未来を見る。

「気に入ったよココが」

  ロウは未来から目を背けると客用扉の方へ笑い声を上げて歩きその先へ。未来がその後ろ姿を目で追って行く。航大がまたスタッフへ無言で合図を送る。
「大変失礼いたしました。申し訳ございません」
  航大はロウの方を向き、頭を下げる。
「皆様、お部屋に案内いたします。お待たせしました、すいませんでした」
  スタッフは各々のプランに従って行動する。そしてその部屋にはサンズ王妃、ボビーS、航大の3人が残った。
「ではバーへご案内いたします」
  航大が先導しながら扉の方へ移動する。その後にサンズ王妃が後をつく。そしてその後をボビーSが。丁度サンズ王妃を挟んでその前後を守るように歩く3人。  

9/17話へつづく


姿を現した今回のVIP一行。HOTEL315では何が起きるのか?
そして〇水の場面の意味とは?
続きを読んでいただければ幸いです。



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