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「HOTEL315」 9/17話

4・昼を過ぎた頃・カジノバー
  また宴会場のような部屋の前に着くと両開き扉で、どちらかと云うとヒッソリと存在する、そんな部屋の外見。航大は左側の扉を引き通路を確保すると右手で中へ誘導して軽く頭を下げる。
 サンズ王妃はその誘導先に足を踏み入れると、その中は外見の地味さとは異なり、ついさっき居た宴会場とも異なる豪華さ。壁の所々に鏡があり天井にはシャンデリア。奥にバーが設置されていた。

「ここは?」

「カジノです」
  部屋の中央にはトランプ台が数台設置されていた。
「おやりになりますか?」
「いや、結構。今はただ少し飲みたいだけ」
「承知しました。どうぞカウンター席に」
  サンズ王妃は横並びカウンター席のほぼ中央の席に腰かける。その目の前にはありとあらゆるアルコールの瓶が並べられていた。
  ブランデー、ウィスキー、ジン・ウォッカ、テキーラ、スピリット、リキュール、ワイン等。無い物が無い位にびっしりと陳列されている。サンズ王妃はそれに見とれていた。
「見事だわ」
「恐れ入ります」
  航大はカウンター袖の低いスイング扉を開いて中に入る。
「お連れ様は?」
「そうね、座ったら?」
  サンズ王妃は少し離れて立っていたボビーSに声を掛ける。ボビーSは右手で『結構です』的な仕草を見せた。
「まあいいじゃない。でも隣はダメよ」
  ボビーSは軽く首を縦に振りサンズ王妃の隣席をひとつ開けて腰かけた。

「何になさいますか?」
「そうね、生ビールがいいわ」
「承知いたしました。お連れ様は?」
「彼にも同じものを」
「承知いたしました」
  航大はその場でしゃがみ込み冷蔵庫内から冷えたグラスをカウンター上にセットする。サンズ王妃とボビーSはそれを見て顔が綻んでいた。
  航大はグラスを小さな逆U状になっているビール管の出口に構えハンドルを手前に倒すと、静かにキレイな黄金色の液体が流れ落ちる。最初斜めに構えて注いでいたグラスを少しずつ縦にして泡をつくる。更に泡だけつぎ足すと見事な黄金色の液体と泡のバランス。

「お~」

  それを見るサンズ王妃とボビーSから声が漏れる。それに反応する航大はニヤッと笑みを浮かべた。そしてもう一杯、更にもう一杯同様にビールを注ぐと最後に注いだグラスをサンズ王妃に。2番目に注いだグラスをボビーSの前に置く。
「勝手ながら私もお付き合いさせていただきます」
  航大はグラスを手にする。サンズ王妃、ボビーSもグラスを持ち上げる。

「最高の時になるように。乾杯」
「乾杯」

  3人はお互い自分のグラスを少しだけ上げ軽く会釈をする。互いにグラスを当てる事はしない。そして一斉にビールを口にした。航大は少しだけ飲みグラスを置く。それはその味を確かめるだけのように。サンズ王妃は半分程飲むとゆっくりグラスを口から放し、一瞬時が止まったかのように目を閉じ静止すると軽いと息が漏れる。

「かあ~」

  ボビーSは一気にそのビールを飲みほしグラスは空になる。
「見事な飲みっぷりですね。もう一杯行きますか?」
  サンズ王妃がボビーSを睨む。

『ヤバイ』

といったような表情を見せ即座に立ち上がり一礼するボビーS。
「まあいいわ、ご馳走になりなさい」
  顔が綻ぶボビーSはまた着席する。少しすると目の前にまた素晴らしい黄金色とその上に浮かぶ泡たちを乗せた縦長の物体に目を奪われる。しかしすぐさまボビーSの餌食になった。

時が過ぎ、ボビーSはサンズ王妃の護衛が疲れたのか、それとも酔いつぶれたのか、その場で顔を横にしてカウンターに頬を付けたまま寝ていた。サンズ王妃の前には飲み物の他にチーズやらクラッカー、オリーブ等の食べ物が置かれていた。
「数時間後にはディナーをご用意しておりますので程々に」
「・・・そうね、もう一杯いこうかしら」
  航大はサンズ王妃の目の前へカウンターテーブルを滑らせ客室の鍵を見せた。
「お部屋のご用意はできております」
  サンズ王妃は航大を見つめる。
「それを考えるとそろそろアルコールはお止めになった方がよろしいかと」
「フッ」
  サンズ王妃は笑みを浮かべる。
「さすがね」
「恐れ入ります」
  航大は頭を下げる。
「でもこれじゃ役に立たないわね」
  サンズ王妃はボビーSの方を向く。ヨダレを流しながら気を失っているボビーS。
「だらしない、あっちもこっちも」
  それから航大の方を向くサンズ王妃。航大もサンズ王妃を見つめる。暫くその状態が続いて静かな空間の中に微かに聞こえるボビーSの寝息。
「部屋に案内してくれる?」
「よろこんで」
  サンズ王妃は左手を差し出す。その手に手袋は無い。航大はその手をカウンター越しに掴み手の甲にキスをする。サンズ王妃はニッコリと微笑む。  
  航大は何か手で合図を送る。
  そのカジノバーカウンター後方には監視カメラが設置されており、航大の合図は監視センターのモニターでスタッフへ送られる。
  航大はゆっくりとカウンター袖からスイング扉を開きサンズ王妃の元へと近づく。そして左手をくの字になるとその間をサンズ王妃の右手が。また左手も航大の腕に添えられた。その左手は航大の肩辺りまでスライドしながら登り上がり撫でるように下に降りる。そして恋しそうに腕を抱き、顔を腕にうずめた。2人はそのまま部屋を後にする。
  ボビーSの寝息が大きく響いていた。

5・昼を過ぎた頃・厨房内
  その頃、調理場のブーシェ肉担当の部屋ではサンズ一族のディナーで提供されるメインディッシュの肉を仕込んでいた。既に部位毎に分かれている肉の塊がまな板の上に配置されている。
  その横の作業スペースでは銀プレートにラップがひかれ、更にその上からオリーブオイルがひかれていた。担当の章夫はすぐ右隣ボードに貼られている「指示書」を元に肉を切り分ける。
「フィレはシャトーブリアン100gmが2枚、テート、ミニヨンも同じく2枚か・・・」
  章夫は「指示書」の上から確認して作業にうつる。その眼差しは真剣そのもの。その姿を隣の魚担当真依が作業をしながら優しい眼差しで見ていた。

〇陸の場面
 1・トレーニング施設内
『はっ、はっ、はあ』
  施設内の一室でランニングマシンにTシャツ、短パン姿で走る男、牛田武士(ウシダ・タケシ)は格闘家。表示は既に距離19㎞を超え速度設定は時速20㎞で維持されている。武士は頭全体から滝のように汗を流しながら懸命に速度をキープする。目の前にはガラス越しに、それも滝のように降りつける雨がガラスを流れ落ちる。
「さあ、あと1キロだぞ。気を抜くんじゃない!」
  武士の指導者、猛打剛造(モウダ・ゴウゾウ)が武士にゲキを飛ばす。武士は歯を食いしばり、腿を高く上げ両手を更に大きく振ってスパートかける。
「ピー、ピー」
  目標設定の20㎞に到達するとマシンは速度を落としてベルトの回転が弱まる。それに合わすように武士の走りが徐々に遅くなる。

「はあ、はあ」

  やがてその動きが止まると武士はマシンから力なくよろけながら降り、両膝を床につける。そして前から倒れるように重力が襲うと両腕でそれを阻止した。武士のお腹当たりが激しい呼吸と共に膨らんだり引っ込んだりの動作を繰り返す。その姿はほぼ極限に達しているかのよう。
「おらおら、まだ休むには早すぎるぞ!」
  剛造のゲキがまた飛ぶと武士は呼吸を調節しながら、まず両手で床を押し上げ片足のソコで地面をつく。
「う~」
  そして立ち上がるとよろけながら鉄アレーが設置してある場所に行き大きなものを両手で持つ。
「う!はあ!」
  武士は下から両手を広げるように鉄アレーを上げ下げする。
  
  そこはトレーニング施設内宿泊部屋の一室。武士は指導者や関係者と一緒に合宿でこの施設にきていた。武士は机に向かって椅子に座り手紙を書く。少し書いては便箋を束から放して丸めては投げる。その方向にゴミ箱はあるが既にその周辺には5~6個位書き損じて丸めた便箋が散らばっていた。
「拝啓、お母上様。お元気ですか?僕はようやくリーグ戦の準決勝まで来ました。あと2戦勝利すればチャンピオンになれます。そうなれば故郷で後継者を指導することにしたいと思います。今まで苦労かけてすいません。帰ったらイッパイ贅沢させてあげます。凱旋できるのを楽しみにしてて下さい。貴方の息子より」

「はあ~」

  武士はようやく納得できる文章を書き終えた後、封筒に宛先を記載する。その裏には所属する団体の場所と自分の名前を記す。そして書き終えた便箋をその束から剥がす。

「あっ?」

  便箋に力を加えて無駄に勢いをかけた結果、その便箋が中央部途中で破れた。武士は頭を抱える。

「ったく」

  武士は途中で破れた便箋を束から外して途中で破れた便箋と一緒にして丸めてからまたその方向へ投げる。武士は何故かこの時だけ行方を確認する。そしてその放った丸い物体は見事にゴミ箱の中へ収納される。
「よし!」
武士はガッツポーズ。そしてまた机に向かうとまた同じような文章を新しい便箋に書いて行った。その表情は穏やかで暖かそう。

2・格闘リーグ戦会場 準決勝戦
  会場内は熱気と興奮に包まれている。多くの観客が会場の中央に位置するリングに注目して声援を送っている。
「さあリーグ準決勝戦、ベテランの成牛千太(ナリウシ・センタ)選手に対するのは最近めきめき頭角を現してきた牛田武士選手との一戦。
  成牛選手は一度もリーグ戦の決勝まで行ったことはありません。今日は念願の決勝進出となるか?それとも新鋭牛田選手が初の準決勝を突破して決勝に行きつくか。ファン注目の一戦がこれから始まります。
  実況は私、白井四角(シロイ・シカク)、またゲストとして明日の決勝に既に駒を進めた強牛剛志(キョウギュウ・ツヨシ)選手に来ていただいてます。強牛選手よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
  リングアナウンサーと剛志はリングサイドの実況席で試合を観戦する。会場が暗くなりある一方向にスポットライトがあたる。そして音楽が鳴り響くと会場の声援がより一層盛り上がって行く。
「この音楽は成牛千太選手のテーマ曲。さあ成牛選手の入場です」
  派手なコスチュームを身に纏い顔に強そうな牛のお面をしている。
「おっとこれは強牛選手の仮面ではないのか?」
  リングサイド実況席の強牛選手の顔が引きつる。成牛選手はゆっくりと入場通路を歩きリングサイドに到達すると、その仮面をはずして強牛選手へ投げつける。強牛選手は立ち上がると成牛選手に飛び掛かった。パンチ、蹴りの両選手。会場の関係者や格闘家が2人に駆け寄り双方を抑えながら、その距離を放して行く。
  両選手は言葉にならない程の罵声をお互いに叫び合う。少し時間が経つとそれは徐々に納まり強牛選手は実況席に。成牛選手はリングの上に。それでも成牛選手はリング下実況席の強牛選手を睨みつけていた。2人がもみ合っていた間に会場の音楽は消え、照明も全体的に明るくなっていたが再度暗くなり、先ほどとは異なる音楽が鳴り始めた。そして会場は歓声と拍手の渦。
「さあ初めての準決勝戦進出。努力の人、牛田武士選手の入場だ」
  シンプルなガウン姿で登場する武士。
「今日のガウンは真っ赤に染まってその本能を最大限に引き出し、相手を地祭りに上げるのか?今日の牛田は一味違う。真面目で正統派の牛田の狂気が見れるかもしれない。そんな姿も見てみたい。さあ駆け上がれ牛田」
  リング上にいた成牛選手が突然リングを降りると、実況席に襲い掛かってきた。
「おーっと、成牛選手の暴走だ」
  成牛選手はあまりに牛田選手寄りのコメントを実況する事に腹を立てアナウンサー白井に飛び掛かった。
「おーっと襲われた。選手でもない私が襲われたぞ。これはどうした事か。世も末だ。弱肉強食とはこのことか」
  四角のつまらない実況に更に腹を立てる成牛選手だが、衣服の胸ぐらをつかんだり、ひっぱったりするだけでパンチや攻撃的な行為は一切していない。強牛選手が成牛選手を静止する。そして牛田選手がそこに加わり成牛選手を引き離す。準決勝戦2人がリング下で早々に激突した。リング上にいたレフリーはスタッフへ合図を送る。

「カーン!!」

  試合開始のゴングが鳴る。両選手は互いに攻撃をするもまだコスチュームとガウンを付けたままでそれぞれが攻撃を受けるが衣服に吸収されてそれほど打撃を受けない様子。実況席にいた強牛選手が2人の間に入り引き離す。そして両選手に両手で静止させるポーズをとり何かを叫ぶ。
  会場内もヒートアップしその言葉は聞き取れない。静止させられた両選手はクールダウンして着ているコスチューム、ガウンを脱いで側にいた関係者にそれを渡すと勢いよくリング上へ上がる。会場が更に湧き上がりテンポよく掛け声が響く。そしてリング中央で両選手は組み合った。

 3・牛田武士選手の実家
  テレビ中継で武士の準決勝戦が映し出される。それを見るのは牛田尚美(ウシダ・ナオミ)武士の実母。
  6帖一間の和室中央にはテーブルがあり、角には観戦中のテレビが置かれる。一家の団らんの場所はそこにしか無いようにも感じられる部屋で悲しそうな目をしてその模様を見る。時には下を向き、時には目を瞑り、時には落ち着かない仕草も。咄嗟に立ち上がりキッチンへ。しかし何もせず何か物思いに耽る。
  暫くして真剣な眼差しになるとどこか家の中に姿を消す。そしてまた暫くすると家にいるラフな格好では無い様相で現れ荷物を玄関脇に置く。家中の施錠やガス等を確認し電気を消灯し玄関口で靴を履き荷物を持って外出。
  外から鍵をかけると家から離れて行く足音が少しずつ遠ざかり、やがてそこに静寂が訪れた。

10/17話へつづく


〇陸の場面が加わりました。もうお気づきの方もいらっしゃるかと。
どのように繋がるかは・・・つづきを読んでいただければ幸いです。



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