見出し画像

私は足元の濁った水を掬って飲んでみた【Gangotri→Bhojbasa⇄Gaumukh】

2024/06/18(後編)

後方からやって来たインド人の青年と合流して間もなくのことだった。
ガンガーの流れる音がますます激しさを増す中、サドゥーが「ゴームクだ」と言った。
体の向きを右に変え、少し進んだところに、それはあった。

ゴームクとは、「牛の口」を意味している。
氷河にポッカリと開いた穴から、泥色に濁った水が勢いよく流れ出てくる。
ヒンドゥー世界においては、こここそがガンガーの源流だとされているのだ。
ガンガーは最初からガンガーだった。
最初から激しく、文字通り清濁併せ呑む存在で、それはまるでインドそのものを象徴しているかのようだった。

サドゥーと青年が、傾斜を勢いよく流れる川を渡って、氷河の近くまで行こうとしていた。
私も慌ててサンダルを脱いで、彼らの背中を追う。
足を浸すと、感覚がなくなるほどに水は冷たい。
水は濁っていて、川底が見えない。
水の流れは激しく、しっかり踏ん張らないと足を持っていかれそうになる。
速く渡りきらないと、体の芯まで冷え切り、体が動かなくなってしまう。
慎重に、かつ大胆に足を前に動かす。
気持ちが逸ったあまり、バランスを崩して川中に倒れ込みそうになる。
このまま流されれば一巻の終わりだ。
両手を突き出して川の中の岩を握り、何とか体勢を立て直す。
そのまま四つん這いで川を渡りきった。

間近で見る牛の口は、想像を絶するスケールの大きさだった。
氷河といっても、砂にまみれているので、一見すると大きな岩にしか見えない。
しかし、よく見ると灰色の砂の下に氷の輝きが見え、また氷河の下には氷の塊がいくつかあった。

大迫力の光景に見とれる。
サドゥーは何かしらの儀式を行っていた。
私は足元の濁った水を掬って飲んでみた。
ほのかに泥の味がし、口の中がシャリシャリした。
しかし、今まさに氷河から流れ出たばかりの冷たさは、今日一日の疲れが吹き飛ぶほどに体に染み渡った。

それぞれがガンガーの源流を堪能して、午後4時ころ帰路につく。

1時間半ほどでゴンドラに着いた。
私たちがこの日最後の乗客で、4人が乗り込むと、順調に黄色い箱は滑り出した。
「一日の最初に対岸に移動する人は、どうやってゴンドラで渡りきるのだろうか」と呑気なこと考えていたその時、事件が起きた。

ちょうど真ん中あたりに来たところで、ゴンドラの動きがピタリと止まったのだ。
ボジバサ(Bhojbasa)の方からロープを引っ張る人たちが何か叫んでいる。
対岸のロープが絡まってどこかに引っ掛かり、ボジバサ側に引き寄せることができないと言うのだ。
私たちが最後の客なので、対岸でロープを解いてくれる人はいない。
はるか下にはガンガーの激流、小さなゴンドラに取り残された4人。
まるでパニック映画じゃないか!

引っかかったロープを解くためには、自力で来た道を戻るしか方法がなかった。
このゴンドラは岸から引っ張ってもらうことを前提としているようで、乗客が自らロープを操るのは至難の業だった。
手を伸ばして4人でロープを掴み、渾身の力で引き寄せる。
狭いゴンドラで体勢を整えられないので、全員が全力を出せるわけではない。
およそ2人分の力で、4人の体重と摩擦力の高い鉄の塊を動かす。
こまめに休憩を挟みながら、少しずつではあるが、岸に近づいている。

30分ほど全員で格闘して、もう一踏ん張りというところまで来た。
岸に近づくにつれ、地上とゴンドラの間隔も狭くなり、3mほどの高さしかない。
サドゥーの1人がロープを伝って下まで降り、対岸のロープを解きに行ってくれた。

しかし、ここで問題がある。
このゴンドラは滑車がないので、空の状態でも恐ろしく重い。
彼が1人で対岸に残されると、決して不可能というわけではないものの、ゴンドラを自分の方に引き寄せるのに非常に努力することになる。
だから、ゴンドラ上の我々は彼に戻ってくるように呼ぶものの、中途半端な位置に宙吊りになったゴンドラに乗り込む方が不可能なのだった。
サドゥーは「いいから行け!」と我々に合図を送り、我々は絶対に助からない仲間に対するように鎮痛の面持ちで彼を見送った。

無事にボジバサについて対岸を見やると、サドゥーは1人でゴンドラを引っ張っていた。
そして、彼が無事にこちら側に戻ってくるのを見守って、私はテントに帰った。
それにしても、一日の最初に対岸に移動する人は、どうやってゴンドラで渡りきるのだろうか?

今日の出費

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?