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お話*『私と踊りの話:10〜おさらい会〜』


さぁ。

深呼吸して。
いつも通りに。



これはひとりの平凡な女の子のお話。
踊りと、ある女の子の物語です。



こんにちは!
私の名前は、きこ。

毎週ここで踊りのお話をしています。
正確には、踊りを通じた「私」の話。


ねぇ。突然なんだけど。
「心」って不思議だと思わない?

小さなことで急に真っ暗になったり他人からみたら何気ないようなことで顔を上げられたり。

小さな一言が、誰かからの優しい笑顔が、立ち姿や佇まいなんかが、細くても強い軸になって自分を支えていってくれたりする。


そういうことを起こしている心ってずっと自分と共にあるものなのに自分ではよくわからない。

私ね、その「心」のことが大好きなの。

素敵なものを見たときのあの感覚とか、嬉しいとか楽しいとか、たまに悲しいとかそういうこともあるけど、どれも心が動いて感じられることでしょう?


あんまり意識しないで生きてることって多いような気がするけど、自分の心と仲良くできていったらいいんじゃないかなぁって思うんだ。

さてと!
今日は、バレエのおさらい会の時のお話をするね。


✴︎前回のお話



中学生になっていた私が新しいバレエ教室に通い始めて一年ちょっと経った頃。

今年は「おさらい会」をやりましょう
と先生がおっしゃった。


ここに通っているみんなは何度か経験があるらしかったけど、私は初めてのおさらい会。


説明によると、おさらい会とは、いつもレッスンをしているお稽古場での小さな発表会のようなもの。

といっても一曲踊ったりということはなくて、普段のレッスンの内容、、バーレッスンから始まってセンターでの大小の様々なパ(バレエのステップのこと)をおこなういつもの練習風景をそれぞれのご家族の方々などに観ていただきましょうというものらしかった。


ただし。
あまりに普段のままではそれは単なる「見学」。
お迎えに来られたどなたかのママがたまに見学されているのと変わりがないじゃないの、ということになる。

やっぱり「会」と名前がついていて、ご招待状も事前にお渡しされて、当日には先生お手製の小さなパンフレットも配られるというくらいのものなので、いつものレッスン内容とは言っても、本当にいつもと同じというわけでは決してなくて、全体の1時間のレッスン内容の流れをきれいな作品レベルにして見ていただきましょうというもので。
ということで2ヶ月くらい前から「おさらい会のためのレッスン」になっていった。


小さくとも目標ができると気持ちが変わるもの。
それが普段のレッスン内容となると、いつもの動きなのに突然印象が変わったりする。ひとつひとつの丁寧さが、取り組み方が、新鮮に感じてくる。
振付をもらって練習するのとはまた違う刺激と気持ちの変化を発見することは新しい経験だった。


ところで。

少し前。1年間バレエから離れていた私にここのお稽古場を勧めてくれたのは、うんと幼い頃に通っていた踊りのクラスで仲良くなった女の子のママだった。


おとなしかった私よりもおとなしかった女の子。
お互いに踊ることで会話をしていた小さなともだち。


その子は、私がそこを離れた後にやはり別なクラッシックバレエのお教室をと探してここのスタジオに来たということで、子ども同士は学校もバレエも違ったけれどお互いのママたちは同じ町に住んでいることもあってずっと連絡を取り合っていたらしく、お話をしているうちに私がバレエから離れていることを聞いたその子のママが「うちの子と一緒のところにどう?」と提案してくださり、5年ぶりくらいに同じお稽古場の仲間となった、というのがこれまでのいきさつだった。


私の2歳ほど年下の女の子。


久しぶりに会った彼女は魅力的な大きな薄茶色の瞳とはにかんだ笑顔はあの頃と同じに、ほっそりした身体から伸びる手足はすらりと長くバレエの動きはとても丁寧で美しく。いつも静かに控えめにおとなしく立っているのも昔と変わらず、柔らかな風の中にそっと咲いているお花のような女の子になっていた。
名は体を表すという言葉そのまんまの心から優しい優しい女の子に。


彼女とは違うクラスなので同じレッスンを受ける機会はなかったけれど、入れ替えの時に会うことがあった。

10代のはじまりの頃の年代というのは、幼い時に当たり前にしていた人との距離感をどう扱えばよいのか少し戸惑いがちになったりするもので。またそうなってしまっている自分とどう折り合いをつけていけば良いのか、もうひとつ輪をかけて自分を持て余すことがあるようにも思うのだけど、そしてそんなのは私だけの感覚だったのかもしれないけれど


彼女は私の姿をみつけると必ず「きこちゃん、こんにちは」と小鳥みたいにかけよってきて嬉しそうににっこりと笑う。言葉数は少ないけれど伝わってくるものがあるそれも、あの小さな小さな頃と変わっていなくて。

 私なんかが、こんなに素敵な子とお話していいのかな。

そんな思いがよぎったりしながら、私を忘れないでいてくれたその子の気持ちは嬉しいなと思い、私も同じ、、ううんそれ以上の優しい気持ちを向けたいと思い、同じ行動ができる人になれるようにと思うのだった。

その静かな真っすぐさは、素敵だったから。
その純粋さは、とても嬉しいものだって感じたから。


 *


さて。

おさらい会のお稽古は進み。

普段のレッスンのお披露目会のようなものとはいえ、当日は先生からの指導みたいなものは一切挟まれたりせず約1時間のレッスン内容を『作品にする』わけで。


全員で並んで挨拶のお辞儀をして、バーにつかまり最初のプリエから順番に流れるように進んでいき、途中のセンターへ出てきてから輪になってくるくると回っていく動きや2人ずつ連なってジャンプをするようなものは自分たちの順番や立ち位置や移動のルートなどもきちんと決められて、最後にはポール・ド・ブラと呼ばれる腕の動きに加えてラストが美しいお辞儀で終わるように先生が考えた一連の動きまでを滞りなくできるように覚えていかなければならなかった。

そしてそれらは、各クラスごとそれぞれの年齢とレベルに合わせた流れが組まれていて、少し早めにお稽古場へ着くと前のクラスの子たちが先生の「ほらそこ!違うんですよ!」と厳しい声が飛ぶ中緊張した面持ちで頑張っているのを目にすることができた。



いよいよ当日。

先生のお宅であるいつものお稽古場へ行くと、着替えをしたりするソファーの小さなお部屋は心地の良いサロンに変身していた。お稽古場がよく見えるようにつながりの扉はいつも以上に大きく開かれ椅子が並べられて観客席となっていて、大ぶりの花瓶に生けられたお花と良い香りが華やかさを添えていた。

基本的にはそれぞれのご家族が見学するだけだけれど、その日一日時間差で各クラスの発表がされるので、例えば姉妹で違うクラスにいたりする場合は双方を見学できたりもするし「あのクラスを見たいです」というのであれば邪魔にならないようにすれば見学できるので、小さなお教室はいつもとは違う顔ぶれが行き来することもあって静かな興奮とおだやかな熱気に包まれていた。


私はママと相談して、、というかママ同士で話がついていたようで、自分の時間よりも一緒に早めに行ってあのともだちのいるクラスを見学させていただくことになっていた。
私のクラスの時間はいちばん遅いから準備も間に合うから、ということだった。


そっと隅から見学させていただくと。

すっと張り詰めた空気に包まれたお稽古場。
真剣な表情の女の子たち。
華やかに、自信たっぷりに動く子たちは何人もいるけれど。ともだちのあの女の子は静かでもどの動きもとてもとてもきれいで。
あたたかな拍手に包まれて全体がほっと笑顔の空気になった時、私は真っ先にその子のママのところへ行って「すごく素敵でした」とお伝えした。

そのママは昔と変わらない美しい顔でにっこりと微笑んで、「きこちゃんのも楽しみにして来たのよ」とおっしゃった。


いちばん遅い時間に始まった
緊張のおさらい会。

私たちは普段の黒のレオタードと新しいピンクのタイツ&バレエシューズ、そして今回用に全員同じに揃えている黒いシフォンの短い巻きスカートをつけてお稽古場にすっと立ち、小さな観客席にお辞儀をした。

先生の指揮者のような指示でバーに並び、ルーティンが始まる。
プリエ、タンジュ、フォンデュ、グランバットマン、、。アダージオ、ピケ、ピルエット、いくつかのアンシェヌマン、、そしてラストのポール・ド・ブラからのレヴェランス、、。

踊る場所にいることは楽しい。けれど、学校で自分を消して過ごしている時と同じ。溶け込むように。目立つことのないように。
それはもう私の一部となっていたから意識すらしていないくらいに当たり前のことになってしまっていた。

音楽の中にいることと、踊ることは好きだけれど。
才能がないことはわかっているから。
一生懸命やっているけれど目立たないようにと。
似たようなポーズと動きをしていこうと。

そう。
あの幼い頃にのびのびと踊っていた自分とは全く違う。
やっぱり、私を出さない、私。



だけど。
ラストのお辞儀をしてふっと全体の空気が解けたとき、私のママと並んで見てくれていた、あの女の子とママがそばにきて、きれいだったやっぱりきれいだった、と繰り返し言ってくれた。

私は、やっと一言
「ありがとう」とだけしか言えなかったけれど。



「きこちゃんが踊ることをやめちゃうなんてもったいないわ。うちの子はあの頃から今もずっときこちゃんが大好きなのよ。」と言って、そのママがこの稽古場を勧めてくれたのだと聞いたのはしばらく経ってからのこと。


「きこちゃんの動きは上品できれいね」

この日、私のママに帰りがけ言ってくれたのだというその一言は心の中に灯り続けることになっていった。願わくばほんの少し何かの瞬間だけでもそうあれることがあったらいいその方向へと頑張ってみたいと思わせてくれた言葉。そんな自分だなんて少しも思えていないけれど。


私のママとは違う視点でそっと見守ってくれていた、もう1人の、ママ。
どんなにぽやんとした私になっていてもずっと変わらないで接してくれていた女の子。

長い時間の流れの中で自然に背中を押してくれていた人たち。


初めてのおさらい会を終えて。

 少し、、
 少しだけ、のびのびと動いてみてもいいのかも

自信なんかいらなかったけど、ほんのわずか微かに心が動くのを感じていた。


ベッドにもぐりこんで今日のことを思い出そうとしたけれど、思った以上に緊張していたのかすぐにぐっすり眠ってしまった。

多分、どのお家でもみんなあっという間に寝ちゃったに違いなかった。


小さなおさらい会。
きれいな光の一日だった。


***

〜作者より〜

何者かになるのではなく自分でいていいと知ること。
私の永遠のテーマのひとつかもしれません。


この連載を楽しんでくださっていたり、応援してくださったり、そして今回初めて訪れてくださったあなたに。お一人お一人に大きな感謝を込めて。
読んでくださりありがとうございます。

次回は5/27(土)更新予定です。

心に優しい風が吹く一週間でありますように。


✴︎1話目からはここにまとめています

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