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仏壇屋の憂鬱

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仏壇屋での体験や、仏事に関する情報を書いてます。
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2018年9月の記事一覧

「苦労は報われる」とは限らない

「若いときの苦労は買ってでもしろ」 「苦労は必ず報われる」 こんな言葉をよく聞く。 私はこの言葉を全く信じていない。「苦労しても全く報われていない」人を身近に見ていたからだ。私が働いていた仏壇屋の店長である。 店長は新卒で入った仏壇屋がブラック企業で(昔の企業は全部そうだったのかもしれんけど)、毎日14時間、四十九日休みなしで働いてぶっ倒れた。 毎日2本、100万円以上の仏壇が売れていた時代である。大変忙しい。休みなしで働くも、一向に給料が上がらず、退社。起業する。

あの世から娘を守ったお父さん

仏壇屋は人の死に関わる仕事なので、心霊的な話もよく聞く。 「あっ、今、おじいちゃんが店に入ってきた!」 みたいなことを霊感のあるパートのおばちゃんはマジメな顔で言う。いや、誰も入ってきてませんけど。なんなのこの人…… 霊感はないけど怖い話が嫌いな私に、そんなことを言ってどうするつもりなのか。言わんでいい。見えてんのはあなただけなんだから。 誰もいないのに自動ドアもよく開く。調整のために勝手に開く、ということはあるらしいのだが、調整にしては開き過ぎなくらいよく開く。

「河童じゃなくてお釈迦さんです」

入社したてのころ、店長とお客さんのところに仏壇の掃除に行った。ただの掃除とはいえ、その家を守る神聖なものを掃除するのだから、それなりにやり方やコツがいる。それを教えてもらうため、店長に同行してもらったのだ。 仏壇の中のお荘厳をすべて取り出し、テーブルに置いていく。ここでなにかひとつでも落としてしまうと傷がつく。慎重にしないといけない。 店長は仏壇の中を掃除し、私は外に出した仏具を磨いていった。 店長は新入社員の前で張り切ってしまったのか、引き出しの中もすべてひっくり返し

胃腸を執拗に攻撃してくる親分

「なにこれ……」 玄関に入った私と先輩は度胆を抜かれた。そこには旭日旗が高々とかかげかれており、壁には昭和天皇、大日本帝国陸軍である石原莞爾、板垣征四郎などの軍人の写真が沢山貼りつけてあった。 先輩が声をかけると、奥からはだけた浴衣姿のスキンヘッドのオッサンが出てきた。年齢は60歳くらいだろうか。肩にはチラチラと龍の彫りものが見える。 これはあれだ。間違いなく右翼の家だ。 「おう、下のモンが二階で寝てるから静かにしてくれよ」オッサンはダミ声で言った。 「右翼の家」じ

つまようじを持つ日蓮上人

仲の良いお客さんに日蓮宗のおばあちゃんがいた。日蓮宗は「南無妙法蓮華経」の宗派である。 日蓮宗を作ったのは日蓮上人という人だ。 そのおばあちゃんは多くのお金をかけて、日蓮さんに尽くしてきた。彫りものが入った仏器(ごはんを入れる器)を買ったり、沢山お供えがしたいということで経机を二つ買ったり、仏壇の高さが気に入らないと言って、特注の台を作ったり…… 毎日のお題目はかかさず、とにかく日蓮さん一筋の健気なおばあちゃんだった。 そんなおばあちゃんの家に仏壇の掃除に行ったときの

太りすぎて奈落に落ちた店長

店長は肥えていた。 ありきたりな表現だけど、タヌキみたいな腹をしていた。体重も当然重い。 この店長は少々変わっている。 5時間かけて接客したお客さんの顔を次の日には忘れていたり、大和洞川に代々伝わる薬「陀羅尼助丸」をボリボリおやつ感覚で食べたり、お客さんのところに仏壇の掃除に行ったはずのに、なぜか血まみれで帰ってきたり…… ネタには事欠かない店長と工場の職人とで、お寺のお荘厳の移動に行ったときのお話。 寺と庫裡(『くり』住職が住むところ)の渡り廊下で、バケツリレー方

阿弥陀さんの指を折る

仏壇屋の仕事は仏壇を売るだけではない。お客さんの仏壇を預かって綺麗にしたり、位牌を預かり文字を彫ったり、お寺のお荘厳(飾り)を移動したり…… とにかく古いものを取扱う仕事だ。当然替えはなく、失敗は許されない。 そんな中でも一番古かったものが「江戸時代に作られた仏像」であった。お寺の屋根を直すので、それを移動してほしい、という仕事が入ってきたのだ。 工場から職人を数人呼び、作業にあたることになった。 作業現場は山の中腹にある浄土真宗の寺。真夏だったが、空気はひんやりと涼

板塔婆で綺麗な庭園を拵える。

 私は以前、仏壇屋で働いていた。  私たちの仕事のひとつに「お寺から古い板塔婆を引き取る」というのがあった。板塔婆というのは、お盆になると墓に刺してあるお経の書かれた板である。取引のあるお寺から引き取り、無料で処分するのだった。  お盆が過ぎ、私たちの忙しさも少し落ち着いたころ、先輩の山田さんはボクに声をかけてきた。「おい、ちょっと手伝ってくれへんか?」  山田さんは70歳をいくつか越えた、骨と皮だけの、いつ仏壇の中に入ってもおかしくないヨボヨボの爺ちゃんだった。