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「河童じゃなくてお釈迦さんです」

入社したてのころ、店長とお客さんのところに仏壇の掃除に行った。ただの掃除とはいえ、その家を守る神聖なものを掃除するのだから、それなりにやり方やコツがいる。それを教えてもらうため、店長に同行してもらったのだ。

仏壇の中のお荘厳をすべて取り出し、テーブルに置いていく。ここでなにかひとつでも落としてしまうと傷がつく。慎重にしないといけない。

店長は仏壇の中を掃除し、私は外に出した仏具を磨いていった。

店長は新入社員の前で張り切ってしまったのか、引き出しの中もすべてひっくり返し、丹念に磨いていた。普通はそこまでしない。

それでも飽き足らない店長はさらに、仏壇の横にも手を突っ込み、掃除を始めた。普通は絶対にそこまでしない。

これは経験を積んでから初めてわかったことだが、引き出しはまだしも、仏壇の横のスペースには安易に手を出しちゃいけない。

そこは得体の知れないものが次々出てくる漆黒の異次元空間。岩倉具視の五百円札から、ネズミの死体、大昔のボンカレーまで、出てくる出てくる。

その空間に自ら手を出してしまった店長。よほど張り切っていたのだろう。

しばらくゴソゴソしていた店長はなにか額みたいなのを取り出した。見てみると、それは綺麗な額に入った頭頂部がハゲたガリガリの人の絵だった。かなり不気味な絵だ。これをマジマジと見ていた店長は自信満々にお客さんに言った。

「これは……河童ですな?」

「いえ、お釈迦さんです」

この道35年の店長、仏事界で一番偉大なお釈迦さんを、まさかの「河童」呼ばわりである。

新入社員にいいところを見せるはずが、大恥をかいてしまった店長。もちろん私も「大丈夫かこの人……」と心配になった。

私も経験が浅いながらも、なんとなく「お釈迦さんかな?」くらいは思っていた。大事な仏壇の横に河童の絵は普通に考えてありえないだろう。

店長は恥ずかしそうに頭をかきながら「これは菩提樹の下で悟りを開いたときの……」

「そうです。そのときのお釈迦さんです。我が家に代々伝わる大切な絵です」

お釈迦さんは何日も飲まず食わず、ひたすら瞑想を続け、頭は禿げ、ガリガリになりながらも、悟りを開き仏教を作った。

いわば私たちがこのようなありがたい仕事ができているのも、お釈迦さんが悟りを開いてくれたおかげである。

仏教にとって一番大切な歴史的瞬間を収めたありがたい絵、さらにお客さんの家で代々伝わる家宝。

そんな絵に対して「河童」で済ませようとした店長。なんともなさけない話だった。

いくら新入社員の前だからって、いいところを見せようと張り切りすぎると墓穴を掘ることもある。そんなことを教えてくれた出来事だった。

店長、それは河童じゃなくてお釈迦さんです。

#エッセイ #仏壇 #店長 #河童

働きたくないんです。