つまようじを持つ日蓮上人
仲の良いお客さんに日蓮宗のおばあちゃんがいた。日蓮宗は「南無妙法蓮華経」の宗派である。
日蓮宗を作ったのは日蓮上人という人だ。
そのおばあちゃんは多くのお金をかけて、日蓮さんに尽くしてきた。彫りものが入った仏器(ごはんを入れる器)を買ったり、沢山お供えがしたいということで経机を二つ買ったり、仏壇の高さが気に入らないと言って、特注の台を作ったり……
毎日のお題目はかかさず、とにかく日蓮さん一筋の健気なおばあちゃんだった。
そんなおばあちゃんの家に仏壇の掃除に行ったときのこと。
日蓮宗の仏壇には仏像を置くことが多い。真ん中に日蓮さん、右に鬼子母神、左に大黒天の仏像を置く。冬になると、日蓮さんの頭に布をかぶせる。怪我した頭が痛むかららしい。日蓮さんは他宗派を攻撃しまくり、壮絶な人生を送ったのだった。
おばあちゃんの日蓮さんは色彩はついていないが、ヒノキで作られた綺麗な仏像だった。
掃除するときは仏壇の中のものをすべて外に出す。香炉や火立てなどの五具足、お菓子、果物……お供えがやたらと多く出すのが大変だった。最後に日蓮さんを出し、テーブルの上にそっと置いた。
「息かけんといてなぁ」おばあちゃんは心配そうに言った。
仏事において息は「不浄」とされている。ローソクの火を手であぶって消すのはそのためだ。日蓮宗は特に厳しい。
掃除中も心配だったのだろう。おばあちゃんはずっとソワソワしていた。
無事、掃除が終わり外に出したものを再び仏壇の中に配置していく。最後に日蓮さんをなおすとき、あることに気がついた。
「巻物を持ってない……」
日蓮さんの仏像は左手に巻物、右手に棒みたいなのを持っている。ちなみに高級な仏像ほど、パーツが取れるようになっている。うかつに持つとポロポロと取れてしまう。
取り出したときにどこかに落としてしまったらしい。
「おばあちゃん、巻物がないよ……」
「ええっ、なくしたの?」
あちこち探してみたけど、見つからない。これは大変なことになった。おばあちゃんは日蓮さんがすべてなのに……
と、思ってオロオロしていたら、おばあちゃんはあっさりとこう言った。
「まあ、なんでもいいから付けといて」
なんでもよかった。他のところは目一杯気にするのに、日蓮さんの持つ巻物は比較的どうでもいいらしい。
とりあえずコンビニの箸に入っていたつまようじで「巻物」を作ることにした。カッターで削り、それなりに「巻物」っぽいのができた。
それを日蓮さんの手に差し込み、無事、日蓮さんは元の位置に戻ることができた。
おばあちゃんはすぐさま仏壇の前に座り、「ハァァァ」と言いながらコンビニのつまようじを持った日蓮さんに一生懸命手を合わせていた。
なんだかなぁと思った。
ただ、仏事はお金をかければいいってものじゃない。
「心がこもっているか」これが一番大事。心さえこもっていれば、日蓮さんがつまようじを持っていても問題ない。要は「本人が救われるか」これが一番大事ということをおばあちゃんに教えてもらった貴重な体験だった。
掃除代の他に昼ごはん代として、1000円もらった。ありがたく頂戴した。
おばあちゃん、ごめんよ。
働きたくないんです。