阿弥陀さんの指を折る
仏壇屋の仕事は仏壇を売るだけではない。お客さんの仏壇を預かって綺麗にしたり、位牌を預かり文字を彫ったり、お寺のお荘厳(飾り)を移動したり……
とにかく古いものを取扱う仕事だ。当然替えはなく、失敗は許されない。
そんな中でも一番古かったものが「江戸時代に作られた仏像」であった。お寺の屋根を直すので、それを移動してほしい、という仕事が入ってきたのだ。
工場から職人を数人呼び、作業にあたることになった。
作業現場は山の中腹にある浄土真宗の寺。真夏だったが、空気はひんやりと涼しく、あたりは静寂に包まれていた。おだやかな場所だった。
寺はボロボロだった。触れば崩れるかと思うくらい、あちこちが腐っている。幽霊の一体や二体出てきてもおかしくないほどの不気味さが漂っていた。
本堂の空気はさらにひんやりとしていた。数歩歩くと足の裏が真っ黒になるほどのホコリ。ガタガタの畳。見渡す限りボロボロだった。
奥に眼をやると、真っ黒になった灯籠や前机や瓔珞(天井から下がっているシャンデリアみたいなやつ)に囲まれ、阿弥陀さんはひっそりとたたずんでいた。
百五十年以上もここにいる阿弥陀さん。その姿は威厳があり、また不気味だった。
江戸時代からずっとこの場所で、人々の心の支えになってきた。そんな阿弥陀さんに感謝の念が起こるよりまず皆、こう思った。
「汚ねえ……」
ボッロボロなのだ。この阿弥陀さんも。
お寺の仏像は「厨子」という入れ物に入れられている。まずその厨子から阿弥陀さんを取り出さないといけない。
しかし、どう考えても厨子の入り口より阿弥陀さんの方が大きい。
厨子もまたボロボロなので、解体するわけにはいかない。ということは厨子の入り口から無理やりなんとか阿弥陀さんを引っ張り出すしかない。
厨子に手を入れ、阿弥陀さんにそっと手を回す。
「よっしゃ、行くぞ……」
リーダーの掛け声で阿弥陀さんを斜めにし、取り出そうとする。しかし、中々お出にならない。
「あっ、違う違う。もっと斜め。あかんあかん」
厨子にガンガン当たる阿弥陀さん。中々出ない阿弥陀さんに苛立つ職人。飛び交う罵声。乱れるチームワーク。このままだと……。
「コツンっ……」
厨子の中でなにかが落ちる音がした。
それは阿弥陀さんの指が折れ、地面に落ちた音だった。
江戸時代から代々伝わる仏像の指が折れ、しかも後ろには心配そうに見守る住職。
「まずい……」
私はその折れた指を住職に見つからないようにして、サッとポケットに入れた。皆、心の中で親指を立て、こう言っただろう。「グッジョブ」
冒頭で「失敗は許されない」と書いたが、失敗はよくあった。お客さんの預かった位牌に傷を入れたり、明治維新くらいからある駕籠の屋根が取れたり。
百年以上経っているものを扱うとき、壊さないで運ぶのはプロでも至難の業なのである。失敗したところをいちいちお客さんに言っていたら、重大な責任問題となる。会社もこの阿弥陀さんに負けず劣らずの真っ黒さだったので、責任など絶対に取れるはずもない。
だからあとでこっそり直すのだ。
指が落ちたことにより、皆冷静さを取り戻したのか、阿弥陀さんはすんなり厨子から出てくれ、なんとかすべてのお荘厳を移動することができた。
もちろん他のところも折れるわ、崩れるわで、てんやわんや。最後は「もう、放っとけ」と投げやりになった。住職はどんな気持ちで見ていたのだろう。
お寺にある代々伝わる、仏像。
もしかしたらあなたの檀家寺の仏像の指もアロンアルファでくっつけられたものかもしれない……
働きたくないんです。