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胃腸を執拗に攻撃してくる親分

「なにこれ……」

玄関に入った私と先輩は度胆を抜かれた。そこには旭日旗が高々とかかげかれており、壁には昭和天皇、大日本帝国陸軍である石原莞爾、板垣征四郎などの軍人の写真が沢山貼りつけてあった。

先輩が声をかけると、奥からはだけた浴衣姿のスキンヘッドのオッサンが出てきた。年齢は60歳くらいだろうか。肩にはチラチラと龍の彫りものが見える。

これはあれだ。間違いなく右翼の家だ。

「おう、下のモンが二階で寝てるから静かにしてくれよ」オッサンはダミ声で言った。

「右翼の家」じゃない。「右翼団体の本部」だった。このスキンヘッドのオッサンはどうやら親分らしい。

先輩には「小さい仏壇の処分だから」と言われてついて来ただけなのに。えらいこっちゃ……


とりあえず上がって音を立てず奥に進む。引っ越しするらしく、そこらに衣服やら物やらが散乱していて非常に歩きにくい。

リビングの食卓はまるでゴッドファーザーに出てくるようなアンティーク物。なにより驚いたのは部屋の端に並べられている数台のモニターの存在だ。

「泥棒でも監視してるんかなぁ……」先輩は呑気に言ったが、そうじゃない。他の組が襲撃に来るのを監視するためだろう。本当に危険な場所だった。

和室に入るとそこには半間(『はんげん』たたみ半分の大きさ)の大きい金仏壇があった。二人で持てるギリギリの大きさである。全然小さくない。

「おう、ちゃっちゃと片付けてくれや」親分がぶっきらぼうに言った。

私たち二人はビクビクしつつ、かつ静かに仕事を進めた。部下が起きてきたらややこしい。

仏具を箱に入れていき、仏壇の引き出しが落ちないようにしっかり固定する。

たいがいの金仏壇は上と下台で分かれるようになっている。しかし、上だけでも半間の仏壇になるとかなり重たい。

ホコリまみれ、汗ダクになりながら、なんとか仏間から仏壇を出し、運び出した。慎重に、散乱している物を踏まないように。

なにごともなく、仏壇を車に乗せ、作業は終了。モニターだらけのリビングでお金をもらった。

通路は狭いわ、仏壇は重いわ、右翼の家だから気は使うわ、音を立てたら部下が降りてくるわで、大変な作業だった。

他の組の襲撃があっても困るので、そそくさと帰ろうとしたそのとき。親分が「おう、まあゆっくりしていけや」と言って、冷蔵庫からなにかを取り出した。本当の地獄はこれからだった。


親分が出したのはキンキンに冷えたバリヤースと「とちおとめ」だった。

右翼の親分がイチゴ……? そのアンビバレントさにも驚いたが、なにより驚いたのは、その量である。

大きい皿に「とちおとめ」をドンドン開けていく親分。山盛りである。とちおとめは滅多に食べられるものじゃないが、これだけあるとうんざりしてくる。

出されたものを食べないわけにはいかないので、とりあえず一つ口に入れた。横でニコニコしている親分。「おう、ジュースも飲めや」

私のような弱い胃腸の持ち主にとってキンキンに冷えたバリヤースはもはや下剤である。飲みたくない。しかし、隣にはスキンヘッドのイカつい親分。

もはやすべて平らげるしか、帰る方法はないのだ。バリヤースを一気飲みし、イチゴをひたすら口に放り込む。しかし、ここで重大なミスに気がついた。バリヤースを先に飲んでしまうと……

「おう、兄ちゃん、のど乾いてたんやな。ほら、もっと飲め」

親分は空になったコップにバリヤースを波々と注いだ。バリヤースは最後に飲むべきだった。

失敗を悔いていても仕方がない。どんどんイチゴを口に入れていく。

イチゴはまだまだ残っているが、先輩のペースは明らかに落ちている。そして、先輩は信じられないことを口にした。

「まだ食べたそうやな。オレもういらんから、全部あげる」

先輩は「無理」とか「できない」とかはお客さんの前では決して言わない。その代わり部下にすべてを押し付けるのだった。

一心不乱に食べた。今思えば「もう食べられません」と言えばよかったのだが、そんな雰囲気ではなかった。とにかく隣のスキンヘッドが恐すぎる。

無理やりすべて平らげ、席を立つタイミングでバリヤースを一気飲み。なんとか脱出することができた。

親分は優しさからイチゴを出してくれたんだろうか。あの量のバリヤースとイチゴは「胃腸からジワジワ殺してやろう」という目的で出されたものに違いない。

仏壇屋のお客さんはクセが強すぎる。そんなことを実感した貴重な体験だった。

このあと、仕事にならないくらい腹を下したのは言うまでもない。

#仏壇 #いちご #右翼 #エッセイ

働きたくないんです。