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珍味⑩ がん漬けと「クラブ・ヴィオロニスト」

杉浦日向子さんの掌編小説集『ごくらくちんみ』に 「がん漬け」という珍味が紹介されています。

『ごくらくちんみ』は、オリーブやたたみいわし、カイコ、ふぐ白子、くさや、うずらピータンなど全68種の珍味が取り上げられ、ひとつの珍味につき、一本の掌編小説に料理されています。すなわち、68本の掌編小説からなります。

一本はごくごく短いのですが、一話完結で、男女の話であったり、親子の話であったり、珍味を巡るさまざまな境遇の人間関係の綾が面白く、

洒脱で、濃密で、人情味があたたかく、それでいて、読んでいるうちに、なぜかさみしい気持ちになりました。

この作品に出てくる珍味はどれも美味しそうなのですが、

特に気になったのが「がん漬け」。

インパクトのある名前です。

漬けというくらいだから、漬け物なのですが

では、何の漬け物なのかというと、シオマネキの漬け物なのです。

シオマネキは、片方のハサミが大きいのが特徴のカニで、シオマネキを活きたまま細かく砕いて潰して、塩と唐辛子で熟成させたのが「がん漬け」、カニの漬け物です。

そのお味は、『ごくらくちんみ』から引用すると、

『濃褐色の破片に、小雪状の斑点が浮かぶ。ざりざりと歯に当たる感触は

食品離れしている。きつい塩気に唾が湧き、干潟が満ち潮になるごとく口一杯に海が広がる。

ついで、辛い刺激が夕陽の照り返しの具合に顔を包み、眉間がかすかに汗ばむ。

テキーラを含むと、ゆるやかに甘露になった』

読んでいるだけで、つばが湧いてきます。

濃密な空気感、せまる描写、『ことばの食卓』(武田百合子)、

『仰臥漫録 』(正岡子規)の食の描写も凄いと思ったのですが

凄まじいなぁ。

ところが、私はシオマネキを見たことがありませんでした。

それが、永田洋子さんと旅した石垣島の名蔵アンバルにある干潟にいたのです。

まさしく、シオマネキ。

かたっぽのハサミが体に比して異常に大きいです。

固有種のオキナワハクセンシオマネキかもしれません。

シオマネキは、「クラブ・ヴィオロニスト」とも呼ばれ、

ハサミを振っている姿をヴァイオリンを弾いている姿に見立てての名前だとのことです。

本体を見ることができたので、いよいよ食べたいと思ったがん漬けですが、

ついに出会うことができました。

『ごくらくちんみ』では、テキーラと合わせていますが、

スタンダードに日本酒と合わせて。

確かに、細かく砕かれた殻の食感が舌の上で「ざりざり」として、キツイ塩味が舌を刺すようです。辛味もありますが、熟成されたせいか、角の丸い辛味で、塩気の方が際立っています。

追っかけて、日本酒を飲むと、豊かな味が更にふくらみます。

これをおかずにしたら、ごはんが大量に進むんだろうなぁという味です。

酒飲みは、がん漬けを箸の先につけて、一升を飲んでしまうのだそうです。

ちなみに、がん漬けは、有明海沿岸の郷土料理で、新潟名産の「かんずり」のように、料理の隠し味にも使われるとのことです。


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