見出し画像

この一編の小説が、愛おしい

大切にしている小説がある。
『スコーレNo.4』(宮下奈都著・光文社刊)だ。

これまで何度も読み返して、読み返すたびに思う。
「私のことが書かれている」と。


初めて読んだのは、
著者の宮下さんが『羊と鋼の森』で本屋大賞を受賞したころだ。

大学の先輩(しかも同じ学科卒)である宮下さんが本屋大賞を受賞したと知って、純粋に嬉しかった。

「この学科の進路の先に、本屋大賞が起こりうるんだ」
という驚きもあった。


実際に書店で手に取ったときのことは、あまり覚えていない。
覚えていないくらい、なにげなく、
手に取ったのだと思う。
吸い寄せられたのだと思う。

なにせ「私のことが書かれている」のだからーー。


正直、とても恥ずかしい。笑

「小説に自分が書かれている…!」

なんて自惚れた考えだろう。
夢みがちな妄想だろう。


けど、仕方ない。
私は本気でそう感じているんだから。



物語の主人公・麻子は、サッカー部の男の子に恋をした。
中学一年生、初恋である。

麻子は、話したこともないその男の子に、”水色”を重ねる。

あの子は、水色なんだ。
・・・
水色だから目を引かれた。それがわかって私は満足した。そうか、水色か、それなら特別に感じたって不思議はないな。

『スコーレNo.4』より

どうしてだか、わからない。
わからないけど、麻子のみた“水色“を通して、
(遠い昔の)私の初恋の記憶がよみがえった。


太陽を照り返すほどに鮮やかな、
濃いブルー。


そうだ。これが私の、初恋の色だった。
まぶしいくらいの、濃いブルー。


どうして今まで忘れていたんだろう。
そう思ってしまうほど、
麻子のみた“水色“と、私のみた“濃いブルー“は、同じだった。
色は違っても、その輪郭は、まるで同じだった。

小説は「記憶」だ。
ある人生の記憶をたどるのが、小説だ。

記録じゃなくて、記憶。
記憶だから、
曖昧で、不確かで、心許ない。

どこに向かっているのかわからなくて、
現実をとらえる感覚が、ぼんやり遠ざかっていくことすらある。


でも、だからいい。


「あの子は、水色なんだ」

うつらうつらとした記憶のなかにこそ、
心の機微が写し出される。

麻子の心の揺らぎが、私と重なる。

「あの子は、水色なんだ」
「あの子は、濃いブルーなんだ」

初恋の只中にいた、
あの色を思い出して、今日も確信を深める。


この小説には「私のことが書かれている」。

恥ずかしさを感じつつも、
この一編の小説が、たまらなく愛おしい。

この記事が参加している募集

#読書感想文

188,766件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?