きわダイアローグ08 風を知る〈北九州響灘風力発電所〉 3/4
3. 自然の息遣い
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茂松:ここは、北九州市でも地域の人が集まる場所なんです。エコタウンセンターの見学者、小学生、大人、海外の方など、案内するときは必ず風車をお見せしますが、たいていはみなさん「貴重なもの」だとおっしゃってくだいます。そういったものをメンテナンスして、オペレーションして、事故は絶対起こさせないようにする。地域のみなさんの大事なものを預かっていると思うと、やりがいを感じます。
松﨑:この風車は北九州市のランドマークになっているんです。故障や点検などで長期間止めたりすると、周りから「何で風車が止まっているの?」と電話が入ることもあるくらいです。コロナ禍になる前は、イベントもいろいろと計画されていました。例えば、グローバルウインドデイという、世界風車の日が6月15日にあるんです。本当はその日に合わせてイベントをすればいいんでしょうけれど、家族連れで子供たちが来やすいように毎年夏休みの期間にやっていました。見るだけではなく、風車の2階までハーネスをつけて上っていただく企画などもあって、結構好評だったんです。
向井:先ほど「風車の仕事では自然と対峙している」とおっしゃっていましたが、そういったところを具体的に教えていただきたいと思います。「自然を体感する」ということについて、どんなことを感じていらっしゃいますか。一般的に、みなさん環境問題が大変だというのはわかっているものの、それが自分の身近な自然としては実感しにくいと思うんです。現場でそういう事業に関わられている方々が、どんなときに自然を感じられているのか、すごく興味があります。
松﨑:一番感じているのは風が吹くと気分がいいですよね。風がないと落ち込みます。
茂松:こちらに配属される前は、風向きや風速のことは全く気にしなかったのですが、毎日見るせいか、朝どこから風が吹いているのか、何メートル吹いているのか、今日は作業できるのかできないのか、発電量はいくらなのか、そういったところを感じるようになりました。通勤の車からちょっと手を出して、「あ、今日は吹いているな。何メートルくらいかな」と、体感的にわかるようになったんです。
向井:気象の情報が提供されているとお話をされていましたが、単にその風力発電のことだけでなくて、土地の気候や気象を知るみたいなこともあるんでしょうか。
茂松:そうですね。風って急にバンッと上がったり、落ちたりはせず、ずーっと波になっているんです。まさしくその波は自然なんだなって思います。
松﨑:人間の息遣いと一緒です。自然の息遣いなんです。それが快感になっていますね。
外からは、風車が回っている、止まっているとしかわからないのですが、舞台裏では必死なんです。平然と水面を進んでいるように見えるカモが、水面下で脚をばたつかせているのと一緒です。
茂松:こちらに配属される前は風車に対してただ建ってぐるぐる回り、勝手に発電して、利益を上げる機械のような、冷たいイメージがあったんです。でも実際に働いてみると風車1基1基が人間みたいだなと思うようになりました。
松﨑:本当個性豊かで10基あるけれどそれぞれ性格も違いますしね。いい子もいれば、面白い子もいます。
茂松:増速機やベアリング、回転体は体、オイル系は血液や心臓、ブレードは手足、パワーが足腰といったところでしょうか。それも、ただそのまま動かしているわけではなくて、タワーの振動がないかボルトの非破壊検査をしたり、振動検査をしたり、定期的に調べている。わたしたちはお医者さんみたいな感じでいるんです。
松﨑:故障した機械のもとで、処方箋を書いて現場に渡していますからね。やんちゃな18歳の10人の子どもがいるようなものです。
向井:人間がテクノロジーとどう向き合っていくかということにおいて、将来的なAIとの関係など、いろんなことが言われていますが、どのようになっていくと思われますか。機械に、愛着や愛情をお持ちになりながら、テクノロジーと付き合っている感じがしたので、お伺いできればと思います。
松﨑:風車もいろんなデータを集めて、予防や保全を進めようとはしているのですが、まだデータがそんなにない状況です。でも、人間の五感は優れていて、「今日はちょっと音が違うな」「匂いがするな」と、結構頼りになるんです。故障個所を早く発見しないとあとで痛い目に遭う。早期発見、早期治療ではないですが、人間と一緒ですね。そのために日常データと人間の感覚を併せて、点検、補修をやっているわけです。
向井:すごく魅力的なお話だと思います。先ほど茂松さんが「風車に対して冷たいイメージを持っていた」とおっしゃっていましたが、テクノロジーが本当に人間や環境のためになっているのかも考えなければならないなか、現場の方たちがどのような思いでいらっしゃるのかは興味深いですね。
松﨑:そこが外の人には窺い知れない部分があるので、見学などを通じて、PRして風車の素晴らしさを伝えていければなと思っています。
向井:ビオトープの草が風で揺れているのと、風車が回っている姿が一緒にあるっていうのは、理屈ではなく、絵で見たときにすごいなと思いました。この絵はほかでは撮れないなと。
松﨑:これだけ近くにあるところは、ほかにはないですからね。でも、なかなか風車の魅力を伝えきれていないんです。いちばんいいのは、体験してもらうことだと思いますが、それも難しいですね。そういえば、以前、夏の暑いときの点検作業を撮りたいということで、NHK北九州に取材していただいたことがあります。「風車を守る男たち」というタイトルでした。そのときも感じましたが風車は思ったより賢いなと。
向井:手のかかる子もいるとおっしゃっていましたが、具体的に教えていただけますか。
茂松:風車は通常、風向風速に合わせて、非常に細かい制御をしています。モーターもずっと動きっぱなしです。でも、この間、台風が来たとき「そろそろ止めようか」などと話していたら、自動で止まった子がいたんです。「ちょっとやめとこ」みたいな感じで。「この子は判断を自分でしたな」と思いましたね。
松﨑:限界へ行く前に、自分で判断して止まりますからね。止まるというか、「もうこれ以上は無理です」とエラーを出すんです。
茂松:300ほどあるエラーから、適したものを出力するんです。「ちょっとしんどいから止めるよ」「ちゃんとメンテナンスしてください」と、無言のプレッシャーを出してきます。
松﨑:人間は、ある程度我慢できますが、風車設備は安全側で設定されているから、少しでも異常があると止まってしまう。そこをうまくメンテナンスしておかないと、止まろうとしてエラーを出そうとしているのに、そのエラーそのものが出せなくなってしまいます。やはり日頃のメンテナンスが大事ですね。
茂松:風車は10基あって、作業できる人間も数が決まっています。なかなか専門性の高い業務で、誰でもできるっていうわけではありません。まず、高いところが大丈夫じゃないと厳しいですし、加えて、機械のことを理解できなければならない。人材を育成するまでは結構時間がかかるんです。
向井:どういうことを勉強したり、訓練されたりした方が勤められているのですか。
松﨑:まずは電気の知識があること。ただ電気だけでは修理ができないので機械的な知識も必要です。それから、今ほとんどが情報化されていますので、ITにも強いほうがいいですね。加えて、物理的に高所での作業がありますので、高所恐怖症ではないほうがいいと思います。見学に来られる方のなかには、高所は絶対ダメとおっしゃる方もいますが、それでは難しいですね。今、メンテナンスで来ていただいているのは電気、機械合わせて8人です。
向井:その人数で回されるのは大変ですね。
松﨑:月ごとの定められた点検はこの8人で行います。ただ、半年や年に一度の大きな点検、それから大きな補修などは別に人を入れています。
茂松:業者、メーカーさんなど、年間にすると何百人という入場者がありますね。
松﨑:夏場は比較的風が弱いので、風車を少々止めたとしてもさほど影響はありません。冬場は風が強いので、止まってしまうと、直接的に売り上げに関わってしまいます。冬場は結構風が長く続くので、極端な話をすると1週間くらい風車に上がれなかったりするんです。その間ずっと止まってしまうと、相当なロスになりますから。だから、そうならないよう、早めに点検や補修を行います。
向井:風を感じるのと同じように、季節感のなかで仕事をされているのですね。
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本記事に掲載した写真は、NSWPひびきより提供されたものと、向井知子が2019年夏と2020年秋に取材した際に撮影したものです。
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