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躁鬱(双極性障害)の人向け “楽しい”の感覚はどのタイミングで戻ってくるの?

双極性障害を発症して鬱状態になると、“楽しい”どころか何がしたいのか分からなくなってしまいました。

振り返ってみて、どういう過程があったのか?今一度、書き出してみたいと思います。


  1. 鬱のひどい時期、4ヶ月寝たきり

  2. 昼過ぎに起きられる

  3. たまに朝起きられる

  4. だいたい午前のうちに起きられる

  5. 子どもの用事が一部できる

  6. 週末に家族と出かけられる

  7. 自分がやりたいこと・行きたい場所が出てくる、楽しさを感じられる

7つ出してみましたが、それぞれの期間は数週間〜数ヶ月のものまであり、緩くて長い上り坂を、ゆっくり上がっていくようなイメージです。

4くらいまでは、服も着替えず、ただ一日が過ぎていく、“楽しい”なんて今後感じられるのか?と思っているような状態でした。

5では、夕方のお迎えだけ行けるとか、週末の午前中だけ、子どもを公園に連れていくなど。

公園に行っても一緒に遊んだりはせず、ただベンチから浮かない顔をして見ていたと思います。自分でも今はまだ鬱という自覚がはっきりありました。

6では、自分が行きたい場所というよりは、家族の予定にただついて行くだけでした。何をしたいのか分からないから、とりあえずついて行く感じです。

7で自分の感覚が徐々に戻ってきたと思います。“楽しい”と感じるのはこのあたりからでした。

長く緩やかな坂、と表現したのですが、緩やかだけに、今自分が上がっているのか下がっているのか分かりづらい時もありました。

1から7の間で、「よくなりたい」とか「このままじゃやだ」という気持ちから、病識以上に心の知識を得ようとyoutubeや本を読んだりする時期があったのですが、ある時から意識的にしなくなりました。

私は心理学が大好きなのですが、ある時、心理学は薬にも毒にもなる、と感じました。

鬱の時に心理学をすると、新たな悩みの材料を取り込んでいる状態になりかねず、それよりは意識的にバカ(とてもいい意味で)になる(深く考えずに、笑えることだけやる)といった方向性の過ごし方に転換しました。

“楽しい”の感覚が戻ってくる過程で必要だったこと、鬱の回復と重なると思うのですが、どの段階で何をしているか?大事だったのかな、と思います。

時々、それがチグハグになりました。

1から4までは、薬を合わせて、体をたっぷり休ませる必要があるので、寝ていていいのですが、それ以降体が動くのに、何もしたいことが浮かばない、を理由に一日中寝てしまうなど。

“休養”という言葉があるように、休むと養うが合わさって、良くなっていくと考えると、その時どきの状態に合わせて、寝るだけでなく、美味しいものを食べたり、遊んだり、も必要なんだろうと思います。

意欲が湧かないといった問題がありますが、意欲は後からなので、私の例で言えば、人の予定についていく、だったような、適当なこと良いのかもしれません。

回復の過程でやって良かったこと、それらは安定している時のケアとしても役立てています。そのことについてはまた別の記事で書きたいと思います。

お読みいただき、ありがとうございました。

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