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考える が遠くになると

夜近くになってから 考えられない という状態が訪れている
いつものように思考がポンポンと飛んで行かないと言うか余計な思いが巡らないと言うか 頭の中がモヤがかかっているようなそんな感じだけれど気分は別に悪くない

思考が一生懸命湧いては来ているようだけど そのモヤの裏っかわのような距離感で しかも声がとても遠く小さく あーなんか湧いて来てるなあとかすかに分かる程度で直ぐにどこかへ消えて行く

うーん どうなってるんだ?

かと言って何も出来ないとかそんな事はなく その時やる事はちゃんとやっていて 面白いのはその時やる事がそこだけ時間の流れが違うかのように ゆっくりと順番に現れて来てくれている

まるで こうなんだよ と見せてくれているかのように



例えば明日はゴミ出しの日なのだけど いつもより少し大きめのゴミ袋で大き目の不要物も捨てようと思っていて そのために取り換えの物を用意して置いたり まとめて捨てる物で除けてあったり そんなのがバラけた場所に色々あるのだけど いざゴミ袋を用意したら それまですっかり忘れ去っていたそれらが順番にひとつずつ現れてくれて ああそうだったこれも捨てようと思っていたんだとその時思い出すような感じ

これが何と言うか 現れてくれる というのが一番合っているような感覚で トリガーは ゴミ袋を用意した なんだけど その後からひとつ袋に入れるとそれに紐づけされていたかのように次の物が思い出されて 入れるとまた次がという具合に身体が動いていく

それらを 考えて思い出してやる というのではなくて 頭は全く働いてなくて その時が来るとそれが思い出される というような感覚でゆるりと進んで行き それが その感覚だけがスローモーションで「湧いて現れる」みたいな感じで ああこうやって物事が現れては消えて 自分が考えてやっているかのように流れて行っているのか と知る

言葉や文字にすると何ともヘンテコになってしまうのだけれど

わたしがやっている と普段思っていることは こーいう事なんだなと教えてもらったような感じ

そして頭の中は何かが混沌としている

ヤな感じはしないけれど
色んなものが組み替えられていて
パズルのようにあるべき場に配置されたり
このモヤの中でものすごいスピードで
色んなものが巡りまわっていて
それらが今は混沌のように感じられる

そして身体全体を使って
いまのじぶんに共振するものしないものを
様々なものに共鳴させて振り分けているような
そんな感じもする



考えられない が訪れているけれど
考えが及ばない でもいいし
思考の停止 でもいい

考える ということが
そこにあるのはわかっているけど
とっても遠くにあるかのように

内面の静寂とは全くベツモノの
この面白い訪れものは
これが去ったとき
何が現れてくれるんだろうな



さまざまな訪れものが
ギフトとなってやって来ている


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