ガン検診のあとドラマが観られなくなった

10月末に健康診断のついでにガン検診を受けて、思いがけない結果になった。コロナのせいなのか以前何度か行った病院で検診の予約ができず、初めてのクリニックで予約をするのに子宮頸がんと子宮体がんの両方の検診をするか聞かれて、子宮頸がん検診だけ申し込んでいた。二種類のガンの違いさえよくわかっていなかったのが今となっては恥ずかしい。検診当日、担当の先生に「保険でカバーできるし体がん検査もやっときましょうね」と言われたことがものすごい幸運だったのだ。

二週間後に検査結果を聞きに行くと紙を渡されて、目に入ったのは「癌を疑う」という一文だった。「偽陽性」とも言われた。説明が耳に入ら ない。とにかく精密検査を受けるように、紹介状を書くから行きつけの病院はと聞かれて、行きつけはないが、歩いて五分の、何度か健康診断に行っている(でもたまたま今年は行けなかった)病院の名前をあげた。
 
「必ずこの後すぐ、絶対に今日中に連絡して精密検査の予約を取って」と言われて、「おおごとなんだ」と思った。

ものすごく健康というわけでもないが、病気とは無縁だと思い込んでいた。週に一度ジムでトレイナーの指導を受けているし、一人で走ったりストレッチもやっている。今まで病院にかかったのは春先の花粉症とアトピー性皮膚炎の薬をもらうためと、軽い腱鞘炎ぐらい。入院経験もないし、ガンにかかったことのある家族もいない。脂肪肝気味だが血液検査を頻繁にして気をつけている。三十代のときに子宮筋腫があると言われたが、漢方で治療しながら様子を見て、最後に超音波で見てもらった時は小さくなっていると言われた。その検査がいつだったかはっきり思い出せない。二年前だったか、もっと前か。

今までの健康診断の記録を全部出して並べてみた。すっかり忘れていたが、2018年の春に転職したときも子宮がん検診を受けていた。でも、頸がん検診だけだった。

ガンかもしれないと言われても、自覚症状がないので生活が変わるわけでもない。言われた通りに精密検査の予約をして実際に受けに行ったが、それ以外は今まで通り。朝起きるとストレッチをして、在宅勤務の日は家で仕事をし、週に二度ほど職場に行く。週に一度のジムでのトレーニングも続けている。

ただ、紙に印刷された「癌を疑う」という一文が頭を離れることはなく、それ以来、病院ドラマが観られなくなった。アメリカのテレビドラマが大好きで、中でも弁護士もの、政治ものと病院ドラマをよく観ていた。最近は、「グレイズ・アナトミー 恋の解剖学」をまた観始めていたのに。

「グレイズ」の舞台であるシアトルの病院には、なぜかみんな三十代から四十代の美男美女であるアメリカを代表する、または世界的な名医が集まっている。教育機関でもあるその病院ではこれも美男美女ばかりの若いインターンたちがしのぎをけずり、腕を磨くべく難しいまたは珍しい病気の患者を取り合う。難病で苦しむ患者が運び込まれ、担当に指名されると文字通り「やったー、ラッキー!」と飛び上がる若いドクターたち(を演じる美しい俳優たち)。症状が珍しければ珍しいほど、また治療が難しければ難しいほどドラマの価値が上がるわけだ。こんな当たり前のことに今さら気がついて、ただの作り話だというのにテレビドラマの無神経さが嫌になったようだ。

病院ドラマではないごく普通のドラマでも、簡単にガンという言葉が使われていることに敏感になる。八十代のジェーン・フォンダとリリー・トムリンが元気なコメディ「グレース&フランキー」の一番新しい第六シーズンは多分これまでで一番つまらないが、先日なんとなくつけたら、フランキーの元夫、ソルが前立腺ガンだという告知を受ける場面に当たってしまった。治療のことやガン患者としての過ごし方でソルと(グレースの元夫で今はソルと結婚している)ロバートが揉めたり隠し事をしたりするが、そのうち話し合い、理解しあう。つまりソルのガンは、彼らの日常にちょっとした波乱を起こすためのエピソードに過ぎない。

これだけドラマをたくさん観ていると、本当にオリジナルな題材に出会うことはなかなかない。とくに主人公かまたはその近くにいる人物が不治の病に侵されるのは定番のひとつと言っていい。ごく簡単に言えば、主人公が面倒なことに巻き込まれてそれを克服する姿を描くことがドラマのエッセンスであり、告知されたときの衝撃、そしてその後、苦しい治療を耐え抜いて回復するという感動を用意できる病気ほど都合のいい障害は他にない。

ついでにいうと、「いきなりの海外転勤」「想定外の妊娠」「暴力的な家族から逃げるために名前を変えたという秘密」などもドラマ定番の筋書きだ。Netflix で最近第二シーズンが公開された「バージン・リバー」もヒロインが看護師なのである意味病院ドラマなのだが、こちらには「妊娠」「暴力夫から逃れるために名前を変えたシングルマザー」が登場。あまりにもわかりやすいので、それぞれが明らかになる場面でテレビを見ながら「だから言ったでしょ・・・」とつぶやいてしまった。(が、最新の情報によれば、「バージン・リバー」はNetflixの番組中、話題の時代劇「ザ・クラウン」「クイーンズ・ギャンビット」の二作をおさえて一番の人気らしい。予定調和が人気の秘密なのかもしれない。)

それはともかく、私はまだ本当にガンなのかわからない。先週、精密検査とMRIを受け、それらの結果を二週間後に聞きに病院に行くことになっている。この不安定な状況で、病院ドラマや、普通のドラマでも筋書き上の都合としか思えない形で登場人物が重病になるエピソードを避けていると、観るものが無いなあと困っている。

ガンかもしれない、そうだったらどうしようと思いながら、先走って考えないようにしなければと自分に言い聞かせたりする。結果を早く知りたいような、ずっとこのまま聞かなかったフリをしていきたいような。最初の一週間はネットで調べ過ぎで気持ち悪くなり、今はもう見ないようにしている。世の中にはこんな状況の人がたくさんいるんだなと初めて気がついた。みんな、この落ち着かない時間をどう過ごしているのだろう。

上に貼り付けたプロモ動画は、途中まで観ていた「グレイズ・アナトミー」第14シーズンのものです。

参考にしました

The 10 Most Popular Shows On Netflix Right Now (Nov. 30)
https://www.huffpost.com/entry/most-popular-shows-netflix-virgin-river_l_5fc133abc5b68ca87f8407d1

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