さっくりした熱々はとろりと口腔内を征服する。
恋を何年も休んでいる。恋に恋焦がれ恋に泣く(by GLAY)なんて滅相もございません、と畏まって深く一礼するくらいに恋に疎くなった。それでも私は重力に従い歳を重ねていくうちに、恋がなくてもいい体になった。
「そうなってしまったらお終いよ。」
母はそう嘆いているけれど、こればかりは仕方がないのだ。堕ちる先のない恋を待ち続けて焦燥するよりも、凪いだ日常にとっぷりと肩まで浸かって「ふええ。」と息が漏れるくらい満たされている今がいちばん過ごしやすいのだ。
そんな私を見ていると苛つくのだろう、母が煩いのでバッグを持って家を出た。行く当てはないからただ車を走らせて冬に色素を抜かれた木々たちの下を通り抜ける。そして、だんだんと街並みがやって来た。私は、空腹と喉の渇きを癒すためにマクドへ向かった。ドライブスルーでもよかったけれど、なんとなく駐車して店内へ入るとアレが目に入った。
マスクの中で「ふええ。」と自堕落に麻痺した声が漏れて、レジへ進み迷わずにグラコロを注文する。もちろんセットで。グラコロを食べるのは何年ぶりだろうか、そんなことを考えながらトレーを手に持ち席に移動して座った。周りを見たらカップルとサラリーマンと私だけで、それぞれが好きな時間を過ごしている様子だった。
私は包を開けると、ふわっとグラコロの匂いがして体の底から歓喜に満ちた。そして、いただきます、と齧りついた。さっくりした熱々はとろりと口腔内を征服して「はふはふ。」言いながら咀嚼した。すると、ふと
「そんなに急いで食べたら火傷するよ。」
と、頭の中で声が響いた。それは勿論、私の中だけで響いたものだった。懐かしいその人の表情が浮かんで、私を過去へと連れていく。
肌が擦れて傷つけあうような恋だった。それでも一緒に居たのは目には見えない依存の鎖で繋がれていたからだ、と今になって思うけれど、当時の私には傷つけた分だけ愛があると思っていた。
私たちは若かったし、お金もなかったから安くてお腹がいっぱいになるマクドへよく通った。そして、その人は冬になるとグラコロをよく食べていた。美味しいね、とつぶやきながら世界でふたりぼっちみたいに身を寄せて一緒に居た。それなのにその恋は終わった。
「そんなに急いで食べたら火傷するよ。」
その言葉も過去になってしまった。いまではその声音もはっきりとしない。それでも、私を気遣ってくれたその言葉は、私の中で生きているのだ。もう触れることのできないその人を思い出して、胸の奥がギュッと熱くなった。
もし私が恋に堕ちることがあるのなら、雨に濡れていたら傘を差し出してくれる人よりも、一緒にずぶ濡れになって笑ってくれる人だろう。
そんなことを思いながらグラコロを食べ終えた。
グラコロは冬の季語だときみが言う
包の中の温かい恋
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