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蝉が鳴くころに 第五話|小説




〈あらすじ〉母が亡くなった。私は母の結婚相手のみっさんと葬儀を終えてふたり暮らしをはじめて、それから30歳までみっさんとその暮らしを続けている。そんなある日、彼氏のタカくんに、大事な話があると誘われて海岸沿いをドライブする。そのときにプロポーズされてから、タカくんの提案でみっさんに会うことになった。そしてみっさんとタカくんと三人でビールを飲んでいると、タカくんが「三人で家族になりませんか?」と私たちへ問いかけた。




三人で家族になりませんか?

優しい言葉の残響が空気に融けて色をつけた。私はみっさんを見ると、目があった。そして、ふたりの浮ついた透明な視線は自然とタカくんへと向いた。

「あ、あの、すいません。困らせたみたいですね。」

タカくんは申し訳なさそうに、自分で瓶ビールからグラスへ手酌をして、またビールをグビグビと飲んだ。

「それいいやんか。私は賛成。」

私は一瞬で空になったタカくんのグラスにビールを注ぎながら、呟いた。家族と生き別れて、血の繋がりのないみっさんに育てられた私は良く知っている。最初はぎこちなかったみっさんとの生活は徐々に柔らかくなって、肌馴染みの良い日常へと変化した。それはいつしか、なくてはならない存在へと形を変えて自分の人生の一部になっている。血の繋がりがなくても、家族になれるということを私はひとりで噛み締めた。

「そうやなあ、オレも賛成や。なんや今流行りのシェアハウスみたいで楽しそうやんか。」

みっさんはいつもの笑顔でタカくんに話しかけた。その声はタカくんを優しく包むように響いているように聞こえた。

「良かった〜。ボク断られたらどうしようかと思いました。」

そう言ってタカくんは自分の生い立ちをみっさんに話しはじめた。タカくんは幼いころに両親が離婚した後に、母方の実家に預けられて祖父母に育てられたそうだ。そして、私と同じように中学生のころに母親を亡くして、去年立て続けに祖父母を亡くした。

「ボク、天涯孤独なんですよ。」

タカくんはポツリと呟やくと、グラスに付着した水滴がさらりと流れ落ちた。そして、その言葉は居間の畳を擦るように響いて淋しく消えると、みっさんがそれを拾って優しく撫でるように、話はじめた。

「タカくんは天涯孤独じゃないよ、かよちゃんがおるやんか。それにオレが入って三人で家族になれるといいよなあ。」

みっさんはいつもの笑顔を作って自分の膝をポンと打った。

「そうや!家族が増えるって、みちこ(母)に報告せんといかん!」

そう言いながら、みっさんは隣の仏間に移動してすると、タカくんもみっさんと一緒に仏壇へ手を合わせている。そのふたりの姿を見ていると、「やっぱりふたりは似ている。」と思った私も、仏間へ移動してタカくんの横で手を合わせる。するとタカくんが母の遺影を見て、

「あ、お母さん仲里依紗さんにどことなしに似てる。」

そういうと、みっさんは嬉しそうに、

「な!べっぴんやろ!」

と、みっさんはタカくんと居間へ移動してお酒を酌み交わしている。私は台所へ移動して、冷蔵庫に作り置きしてあるナスの南蛮漬けときんぴらごぼうをお皿に移しながら、思案した。先程の数分間で、みっさんとタカくんと一緒に住むことになってしまった。私はタカくんに結婚の返事もしていないのに。けれど、なんとなく三人で生活する風景が目の前に浮かんできた。朝起きて、私は三人分の鮭の切り身を焼いて、お味噌汁と卵焼きを作り、浅漬けのきゅうりを切ってお皿に盛り、テーブルへ並べる。そして、「ごはんできたでえー!」と、ふたりに伝えると、それぞれがテーブルへやってきて、きちんといただきますをしてから、箸を持ち食事を始める。誰かが話し出したり、時に無言になったりしながら、黙々と朝ご飯を平らげる姿がふわりと私の頭上に降ってきた。

三人で家族になりませんか?

タカくんの言葉が優しく私を撫でるように通り過ぎた。私は「うん、家族になろう。」と、小声で言うと、家の外では木に蝉が止まっているのだろう、忙しなく鳴いていた。




六話へつづく






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