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文芸・ジャーナリズム論系教員有志5名による文書についての見解
早稲田大学文化構想学部文芸・ジャーナリズム論系の専任教員5名の署名入りの文書(2019年7月17日付)が、文学学術院の教員レターボックスに配られています。
文書にはわたしと市川真人氏の実名が挙げられており、受け取った教員のかたたちからの問い合わせにより、その存在を知りました。
内容をあらためましたが、この文書には著しく偏った情報が記載されています。
文書で触れられている件については、すでに当
文芸・ジャーナリズム論系のハラスメントに対する非常勤講師手記 まとめ
これは、早稲田大学文学学術院文芸・ジャーナリズム論系の授業および機関誌制作の終盤に起こった出来事の顛末を、授業担当非常勤講師の立場から語った手記です。
①書き手はその機関誌内で、「授業内でハラスメントを行った」と実名で告発されています。
②しかしそこで示されるハラスメントの内容「企画妨害」は事実ではありません。
③そして書き手は、この原稿の到着後から機関誌の発行までの日々で、文芸・ジャーナリズム
文芸・ジャーナリズム論系のハラスメントに対する非常勤講師手記 7
(前項●「S」離脱後の不可解な出来事(2/22〜現在))
●おわりにここまで、おもにX氏の原稿が到着してから、わたしの身に起きたことを書いてきました。
この体験は、大学組織の内部に関する話が多いこともあり、あまりに複雑で、他人に伝えることが難しいことをよくわかっています。
魅力的な文章でもなければ、ダイナミックな展開もありません。伏線も消化されていません。
ただ淡々と、本人にとって納得のいかな
文芸・ジャーナリズム論系のハラスメントに対する非常勤講師手記 6
(前項●教務との二度目の面談(2/22))
●「S」離脱後の不可解な出来事(2/22〜現在)論系と学術院教務の判断によって、わたしは「S」について関わる権利を失いました。失意のなかにいましたが、どこかでほっとしている自分もいました。J教務のいうとおり、各記事の完成後は全体の仕上げに入る今後の作業において、学生A、Bと適切に関わる自信は、もうありませんでした。
早稲田大学では、授業支援システム「
文芸・ジャーナリズム論系のハラスメントに対する非常勤講師手記 5
(前項●教務との一度目の面談(2/19~2/21))
●教務との二度目の面談(2/22)2月22日(金)10時、定刻通りに指定された場所に行くと、そこにはJ教務と、論系の専任教員であるJK氏が並んで座っていました。
JK氏は、19日の教室会議の決定事項について伝えるために来た、と紹介されると、昨晩すでに送られてきたメールと同じ文面を、わたしの目の前で読み上げました。
「①2月8日の論系教室会
文芸・ジャーナリズム論系のハラスメントに対する非常勤講師手記 4
(前項●ハラスメント防止室と学生への説明(2/12~2/15))
●教務との一度目の面談(2/19~2/21)2月19日(火)、防止室の仲介のおかげで、論系と事務所を束ねる執行部教務J氏(以下J教務)、学生や非常勤などの学内生活の保持を取り扱う事務所O氏と面談がかないました。
その面談の直前に予想外のことが起きました。
論系による臨時教室会議が開かれたのですが、14日の件について、H主任が3名
文芸・ジャーナリズム論系のハラスメントに対する非常勤講師手記 3
(前項●原稿到着とその諸対応について(2/8~2/10))
●ハラスメント防止室と学生への説明(2/12~2/15)前項で書いたように、わたしは①学生Aと ②論系およびH主任との紛争解決を求めて、早稲田大学ハラスメント防止室(以下防止室)に行きました。
その場での相談員のかたたちとの話とHPを参照し、防止室での紛争解決のプロセスをまとめれば、下記のようになります。
①防止室の初回面談では問題
文芸・ジャーナリズム論系のハラスメントに対する非常勤講師手記 2
(前項●はじめに)
●原稿到着とその諸対応について(2/8~2/10)2月8日(金)、X氏の原稿が、学生Aのメールアドレスから、自主企画担当者であるH主任と、Ccで授業担当者のわたしのもとに届きました。
原稿(おそらくInDesignで組版作業を経て書き出されたPDF形式でした)を受け取り、内容を確認したわたしは、内容の重大さから授業の共同担当者であるI氏に転送しました。
その日は文学学術院の教
文芸・ジャーナリズム論系のハラスメントに対する非常勤講師手記 1
●はじめにこれは、早稲田大学文学学術院文芸・ジャーナリズム論系の授業および機関誌制作の終盤に起こった出来事の顛末を、授業担当非常勤講師の立場から語った手記です。
①書き手はその機関誌内で、「授業内でハラスメントを行った」と実名で告発されています。
②しかしそこで示されるハラスメントの内容「企画妨害」は事実ではありません。
③そして書き手は、この原稿の到着後から機関誌の発行までの日々で、文芸・ジャ