文芸・ジャーナリズム論系のハラスメントに対する非常勤講師手記 2

前項●はじめに)


●原稿到着とその諸対応について(2/8~2/10)

2月8日(金)、X氏の原稿が、学生Aのメールアドレスから、自主企画担当者であるH主任と、Ccで授業担当者のわたしのもとに届きました。
原稿(おそらくInDesignで組版作業を経て書き出されたPDF形式でした)を受け取り、内容を確認したわたしは、内容の重大さから授業の共同担当者であるI氏に転送しました。
その日は文学学術院の教授会が行われており、その直後、文芸・ジャーナリズム論系に所属する専任教員たちの定例会議(以下「教室会議」)が行われる予定ということでした。
教授会の終了を待って、わたしはI氏と合流し、教室会議の開始直前にH主任の研究室を訪ねました。

H主任は、わたしとI氏に「心配していたのと別の方面の原稿が届きましたね」と言いました。※

※その発言の意味するところを、現在でも測りかねています。なぜなら、I氏の文章にあるように、それまで我々が心配していたのは、「不確かな情報に基づいて原稿が書かれ、それを検証する情報を持たない編集者が編集し、掲載に至った場合、高い可能性で訴訟リスクが発生すること」でした。その意味で、X氏の原稿は、現状をみれば明らかなように、我々が心配していたとおりの内容でした。

わたしはH主任に、
1)X氏原稿の主張は、「ハラスメント加害者」として名指されたこちらが把握している事実関係や、これまでの授業における認識とあまりに乖離しており、明確な事実誤認があると感じている。
2)とはいえ、学生AがX氏に「教員に授業を通じてハラスメントを受けた」と訴えている以上、これはX氏原稿の記述の正当性、つまり著者であるX氏あるいは原稿の記述の問題ではなく、まずは論系のなかで起きたハラスメント事案として認識し、対応を議論していただきたい。

と伝えました。

1)を聞いたH主任は、「事実誤認があるということですか」と原稿の刷り出しを眺め、記述を確認しようとしました。そこでわたしは、論系にとってより本質的であると思われる点2)を伝えました。
I氏は、
・自分やH主任の伝聞では伝わりづらい話だから、北原本人を会議に呼び、話してもらうのがよいのでは
と提案しました。H主任はその場で同意し、「すぐ呼ぶことになると思います。寒くないところで待っていてください」と言い残すと、I氏とともに会議へ向かいました。

わたしはキャンパス内で連絡を待っていました。しかし、一向に招集の連絡は届きません。
会議の開始から2時間半が過ぎた頃、会議に出席していたI氏から、「原稿は一字一句変えずこのまま進める、北原さんを呼ぶとしても2月25日だと決まった。反論しても、話をちゃんと聞いてもらえない」という連絡が届きました。

これには本当に驚きました。
なぜ、学生Aの「授業で教員にハラスメントを受けた」という訴えに関する議論が棚上げにされ、原稿掲載の議論になっているのでしょう。
「論系でハラスメントが起きた」という主張に対して、論系は2週間以上も対応をしないつもりなのでしょうか。

そして、もしわたしを呼ぶのであれば、つまり、原稿内の記載について事実確認を行うのであれば、2月25日では、何もかもが遅すぎるのです。
雑誌の校了は2月27日を予定しています。すでに校了までの作業日程は決めており、印刷所にも入稿から納品までの日程を組んでもらっていました。これは、I氏も、自主企画の担当者であるH主任もご存知のはずです。
校了の2日前にわたしを呼んで、何の話を聞くのでしょうか。そこで事実確認や修正が必要になった場合、著者への連絡やさまざまな作業を含め、どう考えても校了には間に合いません。
事実確認なしの掲載が強行されようとしていることは明らかでした。

わたしは、慌ててI氏に下記のショートメールを送り、代読を依頼しました。

「これは
1)北原→【学生A】のハラスメント事案の告発を元に書かれています。
ハラスメント事案に対する論系の対応を留保して掲載を進めることはありえません。
大学のハラスメント部門を含んだ、論系での公式の対応を望みます。
【「S」】校了云々ではなく、ハラスメント事案として扱ってください。

2)今件について、発端となったハラスメント事案について知識も権限も持たない非常勤では対応できないと再三伝えてきました。
このように実名で事実誤認を含む一方的な主張が掲載されること、
およびそれについて学科の対応が実質されていないこと、対処についての会議に参加させてもらえず、専任の会議で一方的に方針が決められることは、非常勤へのネグレクトと責任転嫁であり、学科から私に対するハラスメントです。

そのような状況下で、掲載の準備を進めながら、25日まで待たされることはありえません。
1)2)について即時対応いただけない場合、1)2)どちらについても、私から、学内または学外のハラスメント相談機関に相談します。」

それからさらに3時間が経ち、I氏より会議が終了したことが伝えられました。
H主任から、わたしに論系の決定事項が伝えられたのは、そこから2日経った、2月10日(日)20時のことです。

「北原美那様

 先日は長くお待たせして、大変申し訳ありませんでした。
 【X】さんの原稿について、また原稿内における北原さんへの言及について、慎重に論議を重ねました。論系会議に参加してお話なさりたいとのご希望についても、なにが最善かを、あわせて議論しております。決して排除したということではありません。

 まず、【X】さんの原稿は一篇の「作品」として完成しているものであり、文言等について修正はできないという点を確認しました。
 そのうえで、いただいたメールの文面に即して、「大学のハラスメント部門を含んだ、論系での公式の対応を望みます」という点について、話し合いを重ねました。「【「S」】校了云々ではなく、ハラスメント事案として扱ってください」とのことでもありましたので、やはり論系としてなしうる最善の策は、学内外の、ハラスメント防止室に直接訴えていただくことだと思われます。

 と申しますのは、今年度春学期に起きた一件以後、「ハラスメント事案」にしたいという明確な要望があった場合、当該部署で対応するのではなく、曖昧な部分を極力なくすため、直接「防止室」に話を持って行くことになっているからです。第三者の立場から正確に事態を把握するには、論系が間に入ることは、むしろ避けなければなりません。ご理解いただければ幸いです。

 今回の申し出を受け、論系としては、すみやかに文学学術院・教務にも報告させていただきます。
 現時点でなしうる対応は、以上です。繰り返しになりますが、今回の北原さんの申し出については、本学、あるいは学外の、通報窓口に、直接話をしていただけませんでしょうか。以下の URL をご参照ください。

 http://www.waseda.jp/stop/hpc/madoguchi.html
 以上、取り急ぎ、お返事申し上げます。

 文芸・ジャーナリズム論系主任
 H」

当時も現在もわたしは、教室会議に呼ばれなかったこと自体や、ましてや長く待たされたことを「ハラスメントだ」と思っている訳ではありません。

しかし6時間をかけて行われた教室会議の決定として伝えられた事項、
「まず、【X】さんの原稿は一篇の「作品」として完成しているものであり、文言等について修正はできないという点を確認しました。」

これは一体どういうことでしょうか。
この原稿の持っている性質を今一度確認します。

・原稿のなかで、現実に存在する論系内の授業名およびその内容、担当教員が固有名で登場し、依頼した学生Aは「自分はハラスメントの被害者だ」と著者であるX氏に訴えている。
・さらに、著者であるX氏やその作品名、雑誌「早稲田文学」、その他固有名が挙げられ、それらはすべて同名で実在する。
・あまつさえそのタイトルにおいて、この原稿が「掲載誌「S」の解説である」と主張をしている。
・そしてこの原稿の掲載媒体は、文芸・ジャーナリズム論系が発行主体の機関誌「S」である。

この性質を踏まえたうえで、当時から現在に至るまで、この論系の判断には2点の大きな問題があると考えています。

1) 文芸・ジャーナリズム論系の授業において、学生が授業を通じて教員にハラスメントを受けたと(いわばX氏の筆を借りて)告発している。その告発について、形式がX氏の「作品」であることを理由に、事実確認はおろか、たとえば緊急措置として被害者と加害者(とされる側)の接触がこれ以上起こらないように対応するなどの措置も取らない。
「論系としてなしうる最善の策は、学内外の、ハラスメント防止室に直接訴えていただくことだと思われます。」と、事態に対する能動的な対応をいっさい放棄していること。※

※H主任がわたしにメールを送る直前、論系専任教員のメーリングリストに、H主任から、同様の内容の報告と、学生Aに「そのまま進めるように」と伝える予定だ、という内容が送られたそうです。

2) 一般的な出版のプロセスとして、現実と相違ない人物や事物の固有名が登場し、それが虚偽であった場合に中傷以外のなにものでもない記述がなされた原稿に対し、校正校閲、事実確認を経る前のタイミングで「一篇の「作品」として完成しているので、文言等の修正はできない」と決定したこと。

※H主任のメール原文の表現「確認」がどのような意味を持つのか、現在でも測りかねています。「確認」の主体はおそらく文芸・ジャーナリズム論系の会議体と思われますが、「認識」でも「決定」でもないこの「確認」が、どのような先例や状況判断、一般常識や出版常識などを踏まえた議論のもとでされたのか、当然のことながら説明はありません。

なお、先述の論系のメーリングリストにおいて、当日の会議に欠席していた専任教員HK氏から、2)と近接した、一般的な編集の常識という観点から見て不適当な決定を疑問視する意見、さらにこの決定を「出席者全員の賛同が得られた」とした報告に対し、会議での承認に「棄権」を表明していたI氏から、「賛同はしていない」と抗議が送られたと聞いています。

最後に、わたしが論系判断への疑念と失望を深めた話を記載します。
X氏の原稿を読んだ論系専任教員から、下記のような発言があったそうです。

「文芸の世界に長くいる自分からすれば、北原さんも大学院から出てきたような人と違って「早稲田文学」の編集者なんだから、「作家にこんなことを書かれるぐらいよくあること」だと受け止めないことが不思議だ」

はじめに書いたように、わたしはこの「編集実践2」および機関誌「S」に、早稲田大学の非常勤講師として関わっています。
当然それは、現職の「早稲田文学」およびそれ以前の経験において得た編集者としての技能や知識が前提になった採用のはずですが、そのように編集者であれば、非常勤講師としての職務に対する、こちらから見れば事実誤認の甚だしい実名入りの中傷原稿が掲載されることを受け入れなければならないのでしょうか。

※X氏の原稿を読まれたかたはおそらく記述から類推できると思いますが、わたしとX氏の間に、これまで仕事を含めいかなる接点もありません。わたしの所属する「早稲田文学」へのアンケートに関する記載がありましたが、原稿にあるとおり、そこでの担当もわたしではありません。

この発言から感じられる、人権に対する感覚の希薄さ、出版の持つ責任についての意識のあまりの低さに、深い衝撃と失望を感じました。この発言を咎める意見もなかったといいます。


以上が、原稿到着直後の出来事です。
繰り返しますが、H主任がわたしに送信した2月10日20時のメール以降、現在に至るまで、論系あるいは文学学術院から、この判断についてのこれ以上の説明はありません。

※後述しますが、文学学術院教務J氏に、「8日の論系判断についてどのように報告があったか」、面談時、くわえてその後メールでも求めていますが、回答はありません。

I氏から伝えられた会議の様子と、H主任のメールに深く失望をしながら、しかしこの問題について、①学生Aとの関係 ②論系およびH主任との関係において、第三者による調査と紛争解決が必要と考えたわたしは、早稲田大学のハラスメント防止室に向かいました。大学暦に沿って運営される防止室での面談がかなったのは、連休の明けた2月12日(火)夕方のことでした。


次項●ハラスメント防止室と学生への説明(2/12~2/15))


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