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源氏物語異聞-須磨の春風 #ビジュアル系男子に教えられた琴

【古文編】

  うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しもひとりし思へば

 光る君、家持(やかもち)が歌を誦(ず)するに、藤壺の宮への思ひはいとどつのり、御琴、濡れにけり。
 そはかの宮の「われと思ひて」とて奉(たてまつ)り給ひしものにて、その後局(つぼね)への入りをば戒(いまし)められ給へる。
 御齢十八の春の暮れなり。
「あはれなる音(ね)とぞきこえはべる」
 見給へば簀(す)の子(こ)に女子(おんなご)立てり。面影は思ひ人なりぬ。去年(こぞ)北山の尼の元より強ひて率(ゐ)て来(こ)し児なり。
 「こちや」とて膝に乗せ、いとけなく笑へるを手をとりて御琴教へ給ふ。

 二十六になり給ふ春、敵(かたき)なる右大臣の女御の妹に契りて、須磨にぞ自ら退(ひ)き給ひけり。
 暁の月のをかしきにそそのかされ、浜に出(い)で給ふ。
 松風、波音、相和(あいわ)し、いとあはれなり。
 「むらさき」と独りごちすはかの調べに通ひたるにや。

 折しも京の二条院にて、北の方となりたる紫の上、君に教へられたる秘曲を弾きゐたり。
 「君には聞こえや侍らむ」と女房言ひかくれば、
 「聞き給ひたり。ただいま君の御声しけり」とぞ言ふ。

【現代語編】

うららかに照っている春の日に、空高くひばりが舞い上がっている。だが、私のこゝろは憂いでいっぱいになる。ひとりで物思いにふけっていると特に。

 源氏は家持の歌を諳(そらん)んじるうちに、藤壺の宮への思いはますますつのり、琴は涙で濡れるのだった。それはあの藤壺の宮が「わたしと思って弾きならされよ」と言って差し上げなさったもので、その後部屋への出入りを禁じなさったのである。
源氏、18才の春の夕暮のことである。
「しみじみとした思いにさせる音色ですね」
 源氏が顔をお向けになると、廊下に少女が立っている。そこには愛しい人の面影が宿っているのだった。去年洛北の尼のところから無理に頼んで連れてきた女の子である。
 「こっちにおいで」と言って膝の上に乗せ、あどけなく笑っている女の子の手を取って琴を教えなさる。

 26才におなりになった春、源氏は政敵の右大臣家出身のお妃の妹と交情なさってしまい、須磨に自ら都落ちなさった。夜明けの月の風情に誘われて、須磨の渚にお出なさる。松風と波音が重なり合ってたいそうしみじみとこゝろ動かされなさった。おもわず「むらさき」とつぶやきになるのはあの琴の調べを思いだされたからであろうか。

 ちょうどその時刻、京の二条院で、今は源氏の正妻となっている紫の上が、源氏に教えられた秘曲を弾いているところだった。「源氏君には聞こえておりましょうや」と侍女が声をかけると、紫の上は「お聞きになっているわ。いま、あのお方の声がしましたもの」と言った。

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