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独裁者の統治する海辺の町にて(7)

おれは、教会に隣接した木造洋館に入った。士郎の部屋は二階にあった。そこから見る海は碧かった。まるでエーゲ海のようだ、おれはこの部屋の開け放した窓から湾を眺めるたびにそう思ったものだ。

書架の本は思ったとおり持ち去られていた。おれは窓のそばにある机の抽斗を開けた。双眼鏡はやはりなかった。士郎はその双眼鏡でここから5月の鯨が打ち上げられた事件の一部始終を見ていた。

鯨が打ち上げられた噂は町にはひろがらなかった。あんな巨大なものが打ち上げらたのだから浜に人だかりができるはずだが、それもなかった。秘密裏に沖まで曳航(えいこう)されたのだ。埠頭で鯨を眺めていた男たちはおそらくそれを担当した連中だろう。それにしても、党員であるにもかかわらず小暮の口は軽かった。おれは党員失格者として報告リストに彼の名を記した。党員には厳しい箝口令がしかれていたはずである。

おれの任務はもうお分かりだろう。いやな仕事だよ。エージェントとといえば聞こえはいいが党員や住民の言動や思想をさぐり、報告する、まあ、密告屋だな。

さてだ、この密告屋が人殺しまでやるはめになったのは、まったくもってこの5月の鯨のせいだ。

おれは例のカフェで遅い朝食をとりに入った。
10時という微妙な時間なのに客がいた。
そいつは、注文をとりにきた店主に鯨のことをきいていた。
もちろん党員である店主は知らないという。その後がそいつの致命傷になった。

「なぜ、隠すのか」と言ったのだ。
この男が町の秘密を探りにきたのは明らかだった。
店主はおれの顔をうかがった。

「鯨のことをききたいのか」おれは、そいつに声をかけた。
「君は知ってるのか」男はすぐに食いついてきた。おれがうなずくと、そいつはおれのテーブルに向き合ってすわると、名刺をわたした。三流ゴシップ誌の記者だった。
「どうして知ったんだ」
「ということは本当なんだね」
「まあね。写真もあるよ」
「いくらだい」
おれは、小声で5万と言った。そして、翌日の10時に渡すことにし、町の外れの安ホテルに案内した。

おれは、すぐに平良主席に連絡した。すると3時間後に第6倉庫に行くように指示された。いつもは情報提供だけか、彼女のところへくるように言われるのだが・・・。胸騒ぎがしたのはたしかだ。

鯨が打ち上げられて5日後の5月7日のことである。

第6倉庫に行くと、九鬼書記長と凛子がいた。九鬼は会議テーブルの奥に座り、その横に凛子が立っていた。九鬼が煙草を出すとすかさず凛子は火をつけた。九鬼の趣味だろうか、あいつは脚が付け根あたりまであらわになった薄いアイリス柄のミニドレスを付けていた。
                               (続く)


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