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独裁者の統治する海辺の町にて(1)

独裁者の統治する海辺の町にて(1)

(1)
その町の小高い丘の稜線には熱病にかかったように造営された城壁が連なり、海側の先端に質素な二階建ての教会が見えた。ほんの5年ほど前まで、町民は日曜になると中世ヨーロッパを思わせる石畳の坂道を上り、この教会に集っていた。海風は急勾配の坂道を通って空へ抜けていく。そのため石畳には潮の匂いが染みついていた。わけてもその日は前日の雨のせいで坂道の匂いが濃く、生臭くさえ感じられた。その石畳の上に血が飛び散った。党大会において原始共産制の存在を否定した神学者が、この世から抹殺されたのである。

太陽の黒点がいやにはっきり見えた突堤で、少女は右の眼帯を不器用に外すとおれから義眼をうけとりながら「キリギリスを一匹処刑してきた」と満足げに報告した。岸辺には波がいく頭もの疾駆する馬の白いたてがみとなって打ちつけていた。おれは埠頭にある第6倉庫でこの少女を引き寄せ、前回と同様に尿と潮の薫る肉体を快楽で労った。

たぶん、15,か6だろう。たぶん、ってどいうことか、っていうのか?あいつは、小学卒業したときにはすでに組織に入っていたのさ。それでいくつかなんて、本人にも分からない。一応の生年月日はあるが、実際のところは分からないし、もちろんどこからやってきたのも分からない。まあ、それでもおれなりに見当をつけていることもないではないが、それを述べるのは後にして話を戻そう。

第6倉庫ってのはおれたち2人の密談場所だった。服を着おえて、簡易ベッドから立ち上がったあいつは無表情に、吐き捨てた。
「これですっきりよ」
おれは、少々複雑な思いでこの任務を遂行していた。それで正直むっとした。だからわざと傷つけるように言ってやった。
「兵器になり果てたな」
「ちがうわ。蟻よ。あんたもね」
こいつは、なんの迷いもなく刺したのだ。兄を。
おれは念のためにきいてみた。
「涙の一滴も出なかったか」
あいつはとがった鼻を上に向けると、フッと棘のように笑い、足下の小さい蟹を踏み潰した。
「あんなにかわいがられたくせに」
「キリギリスは死ななきゃ。こんどはだれ?」
「まだ、指令はきてない」
「おなか空いたわ」
おれは、三日分の食事代をわたした。三日後に次のターゲットが組織から知らされるからだ。

   お前たちは蟻でなければならない。
   一人一人が革命という義のために組織化されたところの
   かけがえのない高度な虫ケラなのだ

あいつは愛人でもある九鬼書記長のこのドグマに、いかれていた。

「あと二人よ」

彼女はさっきの交合のあと、おれにすこし膨らみ始めた胸を触らせながらそうつぶやいた。
 なんのことかって? もちろん昇進のことさ。

キリスト教は弾圧したくせに党はなぜか「7」を基準にする。この組織のルールに根拠なんかありはしない。まあ、平良主席の生誕日かなにか、せいぜいそんなことに関係しているんだろう。だが、それは刺客班においては重要な数だ。あいつはこれまで、5人殺った。あと2人で少尉になるのだ。
 もちろん、そうれば男女問わず最年少の快挙になる。
                                                                                                           (続く)

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