小説「英彦(えひこ)の峰の気を負いて」抜粋③
福永光男のこと
渋谷の喫茶店、バトーでの読書会は福永が主宰していた。彼は世話好きで、いつも飲み会の幹事役だった。高校時代から彼は会話の中心人物だった。体格は中肉中背で、高校生にしては老けた顔をしていた。人の物まねが得意で、受験勉強で退屈な高校生活の間、周囲を楽しませたのが彼の声帯模写だった。高校の先生はすべて彼の話芸の標的になった。大相撲の貴乃花やプロ野球の張本選手も得意で、彼らの真似が始まると、自然と周りに輪ができ笑いの渦が起きた。福永が受験生の憂さを晴らした恩恵は同級生に計り知れなかった。卒業後、北九州の大学に一旦入学した福永だったが、東京に進学した友人たちの後を追い、翌年には東京の大学に進学し、同級生と合流した。彼は一人っ子で、母親を一人故郷に残すことが気がかりだったが、決断に迷いはなかった。そして、東京でも彼の大学がある渋谷を中心に同級生が集まるようになった。
「40年後の2021年、もうみんな還暦も過ぎて、会社も引退して、どげぇなっちょるやろか、そろそろ、孫もできちょるやろうな」福永は自分の提案が受け入れられ、気を良くし、方言を交えて口を開いた。
「俺の父親、50代に入ってから、すぐに亡くなったきな、言い出しっぺの俺が、それまで生きちょるやろか」仲間から歌手の五木ひろしに似てると言われていた福永が細い目でそう言うと、
「大丈夫だよ、俺の父親も早くに亡くなったけど、俺たちは長生きするさ」そう合わせたのが福澤だった。
「俺は福永の提案に賛成、だいぶ先の話だけど、その日が目標になる気がする。これから社会人になって、みんな忙しくなるし、勤務先もどこになるか分からん。今後は頻繁に会うのも難しくなると思う。でも、40年後は故郷に引き寄せられて、再び全員で会うというのは楽しみにもなるな」福澤はみんなの気持ちを代弁した。
「そうか、みんな同意してくれてありがとう。40年後はだいぶ先のことだけど、覚えておいてくれ。これからも年に一度ぐらいは顔を合わせたいけど、将来、しばらく会えなくなるかも人もいるかもしれん、頼みます」福永がみんなに頭を下げ、話はまとまった。
こうして、遠い将来の先に一本の旗が立てられることになった。
そして、40年の月日が流れ、この時のメンバーが福永光男を除き、全員が顔を会わせることになった。
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